・・・イソダンの小さい客間である。俗な、見苦しい、古風な座敷で、椅子や長椅子には緋の天鵝絨が張ってある。その天鵝絨は物を中に詰めてふくらませてあって、その上には目を傷めるような強い色の糸で十文字が縫ってある。アラバステル石の時計がある。壁に塗り込・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ある日、その家の古びた客間へスカンジナヴィア文学の翻訳家である宮原晃一郎さんが訪ねて来られた。そして、北海道の小樽新聞へつづきものの小説を書かないかとすすめられた。 新聞の小説というものには、一定の通念がある。一回ごとにヤマがなければい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ 三 窓のあるその部屋と、台所の方は――客間や玄関を引くるめて――別々の翼であった。二つの翼は廊下でつながれている。間に、長方形の空地があった。その空地は、家々が茅屋根をいただいていた時分でなければないよう・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・ 髪をちょっと丸めたままの姿で、客間に行って見ると髪を長くのばし、張った肩に銘仙の羽織を着た青年が後を見せて立って居る。 初対面の挨拶をし、自分は「どうぞおかけ下さいまし」と上座に当る椅子を進めた。 はあ、と云って立って・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・ さあ、また、玄関わきの客間へ戻って来た。ここには、壁新聞やピアノや、この前ハンガリーの共産青年同盟員が訪ねて来たときみんなでとったという写真や、シュロの植木鉢などが飾ってある。 あっちこっちの隅で、本をよんだり、学校の宿題をやった・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・と云う誰でもが覚えにくがる栄蔵の名字を二度ききなおしてから、奥へ入って行ったがやがてすぐに客間に通された。 あの茶色の畳の下駄を書生の手でなおされるのかと思うと、心苦しい様だし、又厚いふっくらした絹の座布団を出されても敷く気がしなかった・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・居間と客間との間の建具をはずさせ、嫡子権兵衛、二男弥五兵衛、つぎにまだ前髪のある五男七之丞の三人をそばにおらせて、主人は威儀を正して待ち受けている。権兵衛は幼名権十郎といって、島原征伐に立派な働きをして、新知二百石をもらっている。父に劣らぬ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・道翹という僧が出迎えて、閭を客間に案内した。さて茶菓の饗応が済むと、閭が問うた。「当寺に豊干という僧がおられましたか」 道翹が答えた。「豊干とおっしゃいますか。それはさきころまで、本堂の背後の僧院におられましたが、行脚に出られたきり、帰・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・あいつ奴、妙な客間を拵えやがったなあ。あいつの事だから、賭場でも始めるのじゃあるまいか。畜生。布団は軟かで好いが、厭な寝床だなあ。のようだ。そうだ。丸でだ。ああ。厭だ。」こんな事を思っているうちに、酔と疲れとが次第に意識を昏ましてしまった。・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・門をはいると右手に庭の植え込みが見え、突き当たりが玄関であったが、玄関からは右へも左へも廊下が通じていて、左の廊下は茶の間の前へ出、右の廊下は書斎と客間の前へ出るようになっていた。ところで、この書斎と客間の部分は、和洋折衷と言ってもよほど風・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫