・・・ アグリパイナには乳房が無い、と宮廷に集う伊達男たちが囁き合った。美女ではなかった。けれどもその高慢にして悧※、たとえば五月の青葉の如く、花無き清純のそそたる姿態は、当時のみやび男の一、二のものに、かえって狂おしい迄の魅力を与えた。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・かえってずっと古い昔には民衆的であったかと思われる短歌が中葉から次第に宮廷人の知的遊戯の具となりあるいは僧侶の遁世哲学を諷詠するに格好な詩形を提供していたりしたのが、後に連歌という形式から一転して次第にそうした階級的の束縛を脱しいわゆる俳諧・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・素としての語句の律動の、最小公倍数とか、最大公約数とかいったようなものになるという、そういう本質的内在的な理由もあったであろうが、また一方では、はじめはただ各個人の主観的詠嘆の表現であったものが、後に宮廷人らの社交の道具になり、感興や天分の・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・そこの様子はトルコの宮廷以上だ。 私の入ってる間に、一人首を吊って死んだ。 監獄に放り込まれるような、社会運動をしてるのは、陽気なことじゃないんです。 ヘイ。 私は、どちらかと言えば、元気な方ですがね。いつも景気のいい気持ば・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・そして何と「宮廷詩人」的であったろう。ナチスが、ゲーテ崇拝を流行させていたわけもわかる。権力に従順な人々へのゲーテ賞もわかる。 現代の帝国主義の国家権力の実質が、よりゆたかなヒューマニティーの力の表現といえないのが現実ならば、わたしたち・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・景色のいい池の辺にある一つの旧宮廷用の小建物が図書館出張所になっていた。労働組合員は、身分証明の手帖で、ごくやすい保証金をおさめ、自由に本の借り出しをされる。わたしもそこで随分世話になった。ソヴェト同盟の図書館数 一九二六年 ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・神学的、宮廷的不自然さに対する自然として強調された。何故ならば、十九世紀中葉までの過去の社会で、文学をつくり、文学を愛好する人々の層は、いわゆる中流以上の有識人の間に限られていた。有識人たちの日暮しは、直接自分の肉体で自然と取組みもしないし・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・祖父トルストイの妻はソフィヤ・アンドレーエウナと云って、宮廷医ベルスの娘であったのだから。 レフ・トルストイが、ヤスナヤ・ポリャーナの村荘にロシア名門の伯爵の長男として生れたのは一八二八年のことであった。トルストイも八歳で孤児になった。・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・このフランスの大革命の中心人物であったマリー・アントワネットは、腐敗しきっていたフランス宮廷生活の中で、その若々しく軽浮であった一生を最も悪く利用された一人の女性であった。けれども彼女の運命は全く受動的で、歴史的にあれほど様々の角度から話題・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・と語っているのは、ヨーロッパの十八世紀ごろの宮廷の模様が映画などを通じて頭に描かれているからであろう。 いまの日本の社会の中には、奇妙にずれた民主的愉快さ、逸楽的な生きかたを追う気風がある。日本の皇族、貴族は、人民生活にまじって来たのだ・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫