・・・そこに彼等の致命傷もあれば、彼等の害毒も潜んでいると思う。害毒の一つは能動的に、他人をも通人に変らせてしまう。害毒の二つは反動的に、一層他人を俗にする事だ。小えんの如きはその例じゃないか? 昔から喉の渇いているものは、泥水でも飲むときまって・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・小説家 「文芸に及ぼすジャアナリズムの害毒」と云うのです。編輯者 そんな論文はいけません。小説家 これはどうですか? まあ、体裁の上では小品ですが、――編輯者 「奇遇」と云う題ですね。どんな事を書いたのですか?小説家 ち・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ どこの村落にせよ、まだ、あまり都会的害毒に侵されざるかぎり、また、彼等が土を耕している人間であるかぎり、自然発生的に、その村に結ばれた習慣があり、掟がある。そして、他郷に見られない、自からの扶助が行われている筈である。かゝる村落自治こ・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・私の親戚のあわて者は、私の作品がどの新聞、雑誌を見ても、げす、悪達者、下品、職人根性、町人魂、俗悪、エロ、発疹チブス、害毒、人間冒涜、軽佻浮薄などという忌まわしい言葉で罵倒されているのを見て、こんなに悪評を蒙っているのでは、とても原稿かせぎ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 恋をあさる害毒 その青春時代を早期から、多くの恋愛を経験したいというような考えは捨て去らねばならぬ。何故なら、自分たちはいま結婚前であり、その準備時期にあることを忘れてはならないからだ。美しい恋愛から結婚に入ら・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・彼の犀利の眼光はこのときすでに禅宗の遁世と、浄土の俗悪との弊を見ぬき、鎌倉の権力政治の害毒を洞察していた。二十一歳のときすでに法然の念仏を破折した「戒体即身成仏義」を書いた。 その年転じて叡山に遊び、ここを中心として南都、高野、天王・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・すべて、みな、この憂さに沈むことの害毒を人一倍知れる心弱くやさしき者の自衛手段と解して大過なかるべし。われ、事に於いて後悔せず、との菊池氏の金看板の楯の弱さにも、ふと気づいて、地上の王者へ、無言で一杯のミルクささげてやって呉れる決意ついたら・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・しかし千人針にはそんな害毒を流す恐れは毛頭なさそうである。戦地の寒空の塹壕の中で生きる死ぬるの瀬戸際に立つ人にとっては、たった一片の布片とは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身に沁みない日本人はまず少ないであろう。どうせ死ぬにしてもこ・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・しかし今日でも文化の輸入伝播に付いて来る種々な害毒がかなり激烈で、しかもそれを防ぐ事ができないのであるから、耳の病気ぐらいはやむを得ない事であったかもしれない。 改良を加えた蝋管蓄音機を聞きそこなった私は、音色の再現がどのくらいまで完全・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・然もその害毒を恐れざる多少の覚悟と勇気とがあって、初めて酒の徳を知り得るのである。伝聞く北米合衆国においては亜米利加印甸人に対して絶対に火酒を売る事を禁ずるは、印甸人の一度酔えば忽ち狂暴なる野獣と変ずるがためである。印甸人の神経は浅酌微酔の・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫