・・・されば意の未だ唱歌に見われぬ前には宇宙間の森羅万象の中にあるには相違なけれど、或は偶然の形に妨げられ或は他の意と混淆しありて容易には解るものにあらず。斯程解らぬ無形の意を只一の感動に由って感得し、之に唱歌といえる形を付して尋常の人にも容易に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・旦那でもない訳だが、それは六十に余る達者な親父があって、その親父がまた慾ばりきったごうつくばりのえら者で、なかなか六十になっても七十になっても隠居なんかしないので、立派な一人前の後つぎを持ちながらまだ容易に財産を引き渡さぬ、それで仕方なしに・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・わめくも歌うも容易のこっちゃありませんよ」「そうでしょうね。だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。僕たちも一ぺん飛んでみたいなあ」「飛べるどこじゃない。もう二か月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちゃなりません」・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
・・・価いしないと云うのではなく、正反対に、本当の恋愛は人間一生の間に一遍めぐり会えるか会えないかのものであり、その外観では移ろい易く見える経過に深い自然の意志のようなものが感じられ、又よき恋愛をすることは容易な業ではないと感じているからです。・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・牝牛を買いたく思う百姓は去って見たり来て見たり、容易に決心する事ができないで、絶えず欺されはしないかと惑いつ懼れつ、売り手の目ばかりながめてはそいつのごまかしと家畜のいかさまとを見いだそうとしている。 農婦はその足もとに大きな手籠を置き・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・さてわずかに二三日を隔てて弥一右衛門は立派に切腹したが、事の当否は措いて、一旦受けた侮辱は容易に消えがたく、誰も弥一右衛門を褒めるものがない。上では弥一右衛門の遺骸を霊屋のかたわらに葬ることを許したのであるから、跡目相続の上にも強いて境界を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 素人の考えではあるが、洋画の行き方で豊太閤の顔を描き出すことは、容易ではあるまい。いかに単純化した手法を用うるにしても、顔面のあらゆる筋肉や影や色を閑却しようとしない洋画家は、歴史上の人物の肖像を描き得るために、モデルを前に置いたと同・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫