・・・たとえば探偵が容疑犯罪者と話しているおりから隣室から土人の女の歌が聞こえて来るのに気がついて耳をそばだてる。歌がやんで後にその女が現われるとすれば、そこに特殊なモンタージュ効果を生ずる。あるいは突然銃声が聞こえて窓ガラスに穴をあける、そこで・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 容疑者の容疑をもう一段強めるために、もう一つのエピソードを導入したいので次のような仕かけを考えたものである。この挿話の主人公夫婦として現われる二人の俳優の演技が老巧なためにこれが相当な効果をあげているようである。 銀座を追われた靴・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・十二月二十四日開催の第七十三議会に先立つこと九日の十五日に日本無産党・全評を中心として全国数百人の治維法違反容疑者の検挙が行われ、議会に席を有する加藤勘十、黒田寿男氏等は何日も経ず起訴された。被検挙者中には、大森義太郎、向坂逸郎、猪俣津南雄・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・刑事訴訟法二一八条二項に――容疑者の身柄を拘束した場合にのみ、強制的に指紋を採ることができる、とある。したがって、指紋と犯罪の容疑とは密着したものである。泡盛によっぱらって、留置場のタタキの上で一晩中あばれていただけの者が、警察にとまったか・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・もう傍証でかたまっておってお前は何をいおうと駄目なんだ。もう容疑ではなくて確定している。やらないといったってもう共同正犯だ。共同正犯は、無期又は死刑だ。それでは一体私のどこがそれに該当するのかということをききましたとき、それはいえない、お前・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・ 七月十五日の三鷹事件では飯田七三氏、山本久一氏の二人が容疑者として十七日に逮捕された。七月十八日の各紙に出ている逮捕理由はおおざっぱで独断的ですべての常識ある人には奇妙に思われるものだった。吉村隊長でさえ、検事局はあれだけ全国的に事実・・・ 宮本百合子 「犯人」
・・・といった十二月二十三日の次の日、わたしたちはA級戦犯容疑者十七名が釈放された記事と写真とをみました。 釈放された人のなかに、安倍源基という名があります。昭和のはじめ、日本の天皇制が侵略戦争をはじめたにつれて、治安維持法がしだいに殺人的な・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・同時に今日の新聞はA級の容疑者が十九名釈放されたと伝えています。そして写真が出ました。あの写真を御覧になった皆さんは、ここにいらっしゃる方々は若い方が多いから、直接自分の体の上にお感じになっていないかもしれません。だけれども私はあの人達が何・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
出典:青空文庫