・・・これに反して連句の場合は、言わば町から町、宿場から宿場への旅の道筋を与えられないで、ただ出発点と到着点とを指定されるだけである。その間をつなぐ道筋はいくつもあり途上の景観にもまたさまざまの異同がある。それでも、どの道筋にも共通に、たとえば富・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・の主人公は時代が推移して明治が来るとともに没落せざるを得なかった宿場本陣の主、精神的には本居宣長の思想の破産によって悲劇的終焉を遂げざるを得なかった男である。作者藤村氏が、抒情的な粘着力をもって縷々切々と、この主人公とそれをめぐる一団の人々・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・女の客引が客を奪い合う様子、昔の宿場よろしくの光景なり。然し、どれも婆。 すっかり夜になり、自働車を降りて、更に落合楼に下る急な坂路にかかると、思いがけず正面に輪廓丸い二連の山、龍子の墨絵のようにマッシヴに迫り、こわい程遙か底に宿の小さ・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・花房はそれを見て、父の平生を考えて見ると、自分が遠い向うに或物を望んで、目前の事を好い加減に済ませて行くのに反して、父はつまらない日常の事にも全幅の精神を傾注しているということに気が附いた。宿場の医者たるに安んじている父の rレジニアション・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
一 真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋の蠅だけは、薄暗い厩の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢で網を跳ねつつ暫くぶらぶらと揺れていた。と、豆のようにぼたりと落ちた。そうして、馬糞の重みに斜めに突・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫