・・・ かかる欠乏と寂寥の境にいて日蓮はなお『開目鈔』二巻を撰述した。 この著については彼自ら「此の文の心は日蓮によりて日本国の有無はあるべし」といい、「日蓮は日本国のたましひなり」という、仏陀の予言と、化導の真意をあらわす、彼の本領の宣・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・幹部は、こういうものによって、兵卒が寂寥を慰めるのを喜んだ。 六時すぎ、支部馬の力のないいななきと、馬車の車輪のガチャ/\と鳴る音がひゞいて来た。と、ドタ靴が、敷瓦を蹴った。入口に騒がしい物音が近づいた。ゴロ寝をしていた浜田たちは頭をあ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・高瀬は屋外まで洋燈を持出して、暗い道を照らして見せたが、やがて家の中へ入って見ると、余計にシーンとした夜の寂寥が残った。 何となく荒れて行くような屋根の下で、その晩遅く高瀬は枕に就いた。時々眼を開いて見ると、部屋の中まで入って来る饑えた・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・憂愁、寂寥の感を、ひそかに楽しむのである。けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられたときには、そのときだけは、流石に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・少年も、その輝くほどの外套を着ながら、流石に孤独寂寥の感に堪えかね、泣きべそかいてしまいました。お洒落ではあっても、心は弱い少年だったのです。とうとうその苦心の外套をも廃止して、中学時代からのボロボロのマントを、頭からすっぽりかぶって、喫茶・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・憂愁、寂寥の感を、ひそかに楽しむのである。けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられた時には、その時だけは、流石に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・秋冬の交、深夜夢の中に疎雨斑々として窓を撲つ音を聞き、忽然目をさまして燈火の消えた部屋の中を見廻す時の心持は、木でつくった日本の家に住んで初て知られる風土固有の寂寥と恐怖の思である。孟宗竹の生茂った藪の奥に晩秋の夕陽の烈しくさし込み、小鳥の・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・もしこれより以前に橋がなかったとすれば、両岸の風景は今日よりも更に一層寂寥であったに相違ない。 晴れた日に砂町の岸から向を望むと、蒹葭茫々たる浮洲が、鰐の尾のように長く水の上に横たわり、それを隔ててなお遥に、一列の老松が、いずれもその幹・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・すこぶる寂寥たるものだ。主人夫婦は事件の落着するまでは毎晩旧宅へ帰って寝なければならぬ。新宅には三階に寝る妹とカーロー君とジャック君とアーネスト君である。カーロー君とジャック君は犬の名であってアーネスト君はここの主人の店に使っている若き人間・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ の初聯で始まる「寂寥」の如き詩は、その情感の深く悲痛なることに於て、他に全く類を見ないニイチェ独特の名篇である。これら僅か数篇の名詩だけでも、ニイチェは抒情詩人として一流の列に入り得るだらう。 ニイチェのショーペンハウ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫