・・・それが、見世ものの踊を済まして、寝しなに町の湯へ入る時は、風呂の縁へ両手を掛けて、横に両脚でドブンと浸る。そして湯の中でぶくぶくと泳ぐと聞いた。 そう言えば湯屋はまだある。けれども、以前見覚えた、両眼真黄色な絵具の光る、巨大な蜈むかでが・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――酒は、宵の、膳の三本めの銚子が、給仕は遁げたし、一人では詰らないから、寝しなに呷ろうと思って、それにも及ばず、ぐっすり寐込んだのが、そのまま袋戸棚の上に忍ばしてある事を思い出したし、……またそうも言った。――お澄が念のため時間を訊いた時・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・大家にならずともよし、傑作を書かずともよし、好きな煙草を寝しなに一本、仕事のあとに一服。そのような恥かしくも甘い甘い小市民の生活が、何をかくそう、私にもむりなくできそうな気がして来て、俗的なるものの純粋度、という緑青畑の妖雲論者にとっては頗・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ この夢を見た夜は寝しなに続日本紀を読んだ。そうして橘奈良麻呂らの事件にひどく神経を刺激された、そのせいもいくらかあったかもしれない。臆病者はよくこんな夢を見る。 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ フット寝しなにそう思った千世子は若し彼の人の命の燃木が自分の手の届く処にあったら先(ぐ揉み消してしまいたく思われた。 もう十年ほど前に亡くなった大伯父の一人っ子に男の子がある、十八で信二って云う。 大伯父・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫