・・・同時に、正純な美について、愛について、また平和について、寸時も関心を怠ってはならぬと思うのであります。この種の児童文学こそ、次の新社会を建設する者のために、実に存在しなければならぬものでありながら、いまだに華々しくは出現しない。その原因は、・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・ 私は寸時まえの拍手とざわめきとをあたかも夢のように思い浮かべた。それは私の耳にも目にもまだはっきり残っていた。あんなにざわめいていた人びとが今のこの静けさ――私にはそれが不思議な不思議なことに思えた。そして人びとは誰一人それを疑おうと・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・清三は、寸時、じいさん達を連れているのを忘れたかのように女に心を奪われていた。じいさんとばあさんとは清三の背後に佇んで話が終るのを待っていた。若い女は、話し乍ら、さげすむようなまた探索するような、眼なざしで二三度じいさん達を見た。と、清三が・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・かくのごとき眼より見れば、実際の等温線は大小無数の波状凹凸を有しこれが寸時も止まらず蠢動せるものと考えざるべからず。かくのごとき状態を精密に予報する事はいかなる気むずかしき世人もあえて望まざるべし。しかし今少しく規模を大きくして一村、一市街・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・一重隔て、二重隔てて、広き世界を四角に切るとも、自滅の期を寸時も早めてはならぬ。 去れどありのままなる世は罪に濁ると聞く。住み倦めば山に遯るる心安さもあるべし。鏡の裏なる狭き宇宙の小さければとて、憂き事の降りかかる十字の街に立ちて、行き・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・此時は自己の死を主観的に感じたので、あまり遠からん内に自分は死ぬるであろうという念が寸時も頭を離れなかった。斯ういう時には誰れか来客があればよいと待っていたけれど生憎誰れも来ない。厭な一昼夜を過ごしてようよう翌朝になったが矢張前日の煩悶は少・・・ 正岡子規 「死後」
・・・真正面から吹きまくられて進むことは、二人とも寸時も早く免かれたい。彼方から女学校一二年らしい少女とその弟らしい子が連立って来かかった。私はすぐ、「天主堂へは、どっちの路が近いでしょう」と訊ねた。少女は、困った表情で私を見、自分の弟の・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫