・・・ 悍馬を慣らす顛末は、もちろん編集の細工が多分にはいってはいるであろうが、あばれるときのあばれ方はやはりほんとうのあばれ方で寸毫の芝居はないから実におもしろい。 この映画を見て、自分ははじめて悍馬の美しさというものを発見したような気・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ こういうふうに、連句というものの文学的芸術的価値ということを全然念頭から駆逐してしまって統計的心理的に分析を試みることによって連句の芸術的価値に寸毫も損失をきたすような恐れのないことは別に喋々する必要はないであろうと思われる。繰り返し・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・わたくしは自ら制しがたい獣慾と情緒とのために、幾度となく婦女と同棲したことがあったが、避姙の法を実行する事については寸毫も怠る所がなかった。 わが亡友の中に帚葉山人と号する畸人があった。帚葉山人はわざわざわたくしのために、わたくしが頼み・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ 彼のエイトキン夫人に与えたる書翰にいう「此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井よ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・生活上寸毫も人の厄介にならずに暮して行くのだから平気なものである。人にすくなくとも迷惑をかけないし、また人にいささかの恩義も受けないで済むのだから、これほど都合の好いことはない。そういう人が本当の意味で独立した人間といわなければならないでし・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・私のようなつまらないものでも、自分で自分が道をつけつつ進み得たという自覚があれば、あなた方から見てその道がいかに下らないにせよ、それはあなたがたの批評と観察で、私には寸毫の損害がないのです。私自身はそれで満足するつもりであります。しかし私自・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・女性の一生の見かたのなかに日頃からそういうモメントがふくまれていることには寸毫も思いめぐらさないで、全級の前での嘲りをこめた叱責と水で洗いおとさせるという処置しかできなかったのも、おそらくはその時分の正しさについての常識の粗野さであったろう・・・ 宮本百合子 「歳月」
出典:青空文庫