・・・一方は雑木山、とりわけ、かしの大樹、高きと低き二幹、葉は黒きまで枝とともに茂りて、黒雲の渦のごとく、かくて花菜の空の明るきに対す。花道をかけて一条、皆、丘と丘との間の細道の趣なり。遠景一帯、伊豆の連山。画家 (一人、丘の上な・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・著作の価値に対する相当の報酬なきは蕪村のために悲しむべきに似たりといえども、無学無識の徒に知られざりしはむしろ蕪村の喜びしところなるべきか。その放縦不羈世俗の外に卓立せしところを見るに、蕪村また性行において尊尚すべきものあり。しかして世はこ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ ――○―― 人が、物を観る時に、唯一不二な心に成って、その対象に対すると云う事は大切でございましょう。けれども此は、没我と申せましょうか。元より無我と云う字の解釈にも依りますが、字書通り、我見なきこと、我意なきこ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・と云うものに対する我々の心持も、あまり、コムマアシャリズムに堕したくないものと思います。 家を建てさせる丈の金はある。さあ、と云って、商売人にまかせたきりでは、誰でも不満を覚えましょう。自分で種々考えている。相談をする。プランを種々に引・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・然し、母は、後に、涙ばかりを遺し、結局、最大の問題である芸術に対する理解の欠乏に何の発展もなければ、万事は只、破壊ばかりになってしまうのではないだろうか。 Aが何か云おうとしても「もう何も云わないで下さい。今夜は、私の考えたこと丈を・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫