・・・この点に於て、書物と対蹠的の感じがします。 この理由は、個人の研究や、創造はいかに貴くとも幾十年の間も、その光輝を失わぬものは少ないけれど、これに反し、集団の行動は、その動向を知るだけでも時代が分るためです。故にその時代を見ようと思えば・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・故に、一つの主義が勃興すれば、それと対蹠的な主義が生起する。かくして、その相剋の間に真理は見出されるのを常とします。しかし、真の殉教者は、そのいずれに於ても、狂信的なるものである。即ち新社会を建設する上に於て、貴い犠牲者でもあります。 ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・何から何まで対蹠的な存在だからな。一方は下賤から身を起して、人品あがらず、それこそ猿面の痩せた小男で、学問も何も無くて、そのくせ豪放絢爛たる建築美術を興して桃山時代の栄華を現出させた人だが、一方はかなり裕福の家から出て、かっぷくも堂々たる美・・・ 太宰治 「庭」
・・・将来の有声映画製作者にとってはこの二つの対蹠的な現象の分析的研究が必要となるであろう。この二つのものはしかし必ずしも互いに相容れないものではないように私には思われるのである。 三「青い天使」と同日に「モンテカ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 太陽が動かないで地球が運行しているという事、地球が球形で対蹠点の住民が逆さにぶら下がっているという事、こういう事がいかに当時の常識に反していたかは想像するに難くない。 非ユークリッド幾何学の出発点がいかに常識的におかしく思われても・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・とはまさに対蹠的の性質をもった雌猫であった。だれからもきれいとほめられる容貌と毛皮をもって、敏捷で典雅な挙止を示すと同時に、神経質な気むずかしさをもっていた。もちろん家族の皆からかわいがられ、あらゆる猫へのごちそうと言えばこの三毛のためにの・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ この頭の働きの領土の広さと自由な滑脱性とに関して芭蕉と対蹠的の位置にいたのはおそらく凡兆のごとき人であったろう。試みにやはり『灰汁桶』の巻について点検すると、なるほど前句「摩耶」の雲に薫風を持って来た上に「かますご」を導入したのは結構・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・思想方面では、レーニンやトロツキイの共産主義者を始め、それの対蹠であるファッショや強権主義者等までが、多少みな間接にニイチェの影響を蒙つて居る。文学の方面では、ドストイェフスキイや、ストリンドベルヒや、アルチバセフや、アンドレ・ジイド等が、・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・そのことをつよく感じる人々は、同時に、この二人の作家が全く対蹠的に一生を送ったことについても、浅からぬ感銘を与えられているのではなかろうか。 同じ死ということでも、藤村の死去ときいて、私たちには儀式めいた紋付羽織袴のそよぎが感じられた。・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・は、内藤長十郎が報謝と賠償の唯一の道として全意志を傾けて忠利から殉死の許可を獲て、それで己は家族を安穏な地位に置いて、安んじて死ぬことが出来ると、晴々と昼寝してから腹を切りに菩提所東光院に赴いた心理に対蹠する、複雑な翳として忠利の死という一・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫