・・・ こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・ 果てもない広い森林と原野の間に自在に横行していたものが、ちょっとした身動きすら自由でない窮屈なこういう境遇に置かれて、そして、いくら気の長い、寿命の長い象にしても、十年以上もこうして縛られているのでは、そうそういい目つきばかりもしてい・・・ 寺田寅彦 「解かれた象」
・・・すべての牌と名のつくものがむやみにかちかちしていつまでも平気に残っているのを、もろうた者の煙のごとき寿命と対照して考えると妙な感じがする。それから二階へ上る。ここにまた大きな本棚があって本が例のごとくいっぱい詰まっている。やはり読めそうもな・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・と一人が云うと「寿命だよ、全く寿命だから仕方がない」と一人が答える。二人の黒い影がまた余の傍を掠めて見る間に闇の中へもぐり込む。棺の後を追って足早に刻む下駄の音のみが雨に響く。「昨日生れて今日死ぬ奴もあるし」と余は胸の中で繰り返して見た・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
むかしの人たち、と云っても日本へ写真術が渡来して間もないころの人たちは、写真は、仕掛けでひとがたがとられるのだから、それだけ寿命がちぢまることだと、こわがった。きょうでの笑話だけれども、科学の力はうそをつかないと思いこんで・・・ 宮本百合子 「きょうの写真」
・・・はプロレタリア文学に不満を持つ広い範囲の知識人、文学愛好者の支持を受けたものであったが、文学の流派としては僅かの寿命で衰退したことも、日本の文化の伝統の性質と考え合せて意味深く思われる。大戦後のフランスで過去の文化の崩壊の形として現れたキュ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・それより最初に一ぺん水につけるとか、ソックスをはくとかすることで、現実にいくらかでもその靴下の寿命がのばせる。その何かすることが大切だと思います。自分の人生にたいして、自分の声を出して行くことです。一番よい生き方は人生を愛し、自分の一生の価・・・ 宮本百合子 「人生を愛しましょう」
・・・愚鈍な人間共が、何も知らずに泰平がっている有様を、もう一息の寿命だ。見納めに見てやろう。ヴィンダー 俺の大三叉も、そろりそろりと鳴り始めたぞ。この掌に伝わる頼もしい震動はどうだ。ふむ。感じの鋭い空気奴、もう南風神に告げたと見える、雲が乱・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ウォルサムの機械の寿命がそんな短いわけはない。どれ、俺がなおさせてやろう。第一回は父が直しに出し、次には私が出した。しかし、もう元のように動かず、三度目に直させた時、ああ、これは内の部分品が代っています。別なのが入って居りますから、どうも…・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・マリアは、こういう苦痛に顔を向けつつ、しかも勇気を失わずに死ぬ十日前まで、一方では彼女の寿命をちぢめつつ他の一方では刻々とその削られてゆく寿命に意味を与えている絵の仕事をつづけて生涯を終ったのであった。 私は、ここで要約しながらもほんも・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫