・・・まして柑類の木の茂った、石垣の長い三角洲はところどころに小ぢんまりした西洋家屋を覗かせたり、その又西洋家屋の間に綱に吊った洗濯ものを閃かせたり、如何にも活き活きと横たわっていた。 譚は若い船頭に命令を与える必要上、ボオトの艫に陣どってい・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・軒に松の家と云う電燈の出た、沓脱ぎの石が濡れている、安普請らしい二階家である、が、こうした往来に立っていると、その小ぢんまりした二階家の影が、妙にだんだん薄くなってしまう。そうしてその後には徐に一束四銭の札を打った葱の山が浮んで来る。と思う・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・蝶子はむくむく女めいて、顔立ちも小ぢんまり整い、材木屋はさすがに炯眼だった。 日本橋の古着屋で半年余り辛抱が続いた。冬の朝、黒門市場への買出しに廻り道して古着屋の前を通り掛った種吉は、店先を掃除している蝶子の手が赤ぎれて血がにじんでいる・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・さまざま駄々をこねて居たようですが、どうにか落ち附き、三島の町はずれに小ぢんまりした家を持ち、兄さんの家の酒樽を店に並べ、酒の小売を始めたのです。二十歳の妹さんと二人で住んで居ました。私は、其の家へ行くつもりであったのです。佐吉さんから、手・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・もっと古ぼけていた筈なのに、小ぢんまりしている感じさえあった。悪い感じではなかった。 仏間に通された。中畑さんが仏壇の扉を一ぱいに押しひらいた。私は仏壇に向って坐って、お辞儀をした。それから、嫂に挨拶した。上品な娘さんがお茶を持って来た・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・子供もなく夫婦二人きり全くの水入らずでほんとうに小ぢんまりとした、そうして几帳面な生活をしている」といったような意味のことであったと思う。同じようなことを一度ならず何度も聞かされたように思う。 この、きちんとして、小ぢんまりしているとい・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ 私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があった、いずれも町というよりは、村というほどの小さな部落であったけれども、その中の一つは相当に小ぢんまりした田舎町で、一通りの日常品も売っているし、都会風の飲食店なども少しはあ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・十七の春、すぐ近所の小ぢんまりとした家に御気に入りの女中と地獄の絵と小説と着物と世帯道具をもって特別に作られた女はうつった。世なれた恥しげのうせた様子で銀杏返しにゆるく結って瀧縞御召に衿をかけたのを着て白博多をしめた様子は、その年に見る人は・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・この家は御承知の通りダラダラと大きくて生活に不便であるので、この連中は小ぢんまりとしたものをこしらえ直して暮そうという計画なのです。 私が病院から帰って来た時分、スエ子は是非私と住みたい心持で、私もそれはやむを得まいと思って居りましたが・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・坂の裏側の町筋へ出てしまったかで、俥が雪の細い坂をのぼれず、妙なところでおりて、家へ辿りついた。小ぢんまりしたあたり前の家構えであった。太郎さんという息子が風邪で臥ている、そこへ通された。話したことはちっとも覚えていない。どちらも余り話らし・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
出典:青空文庫