・・・ 停車場には農場の監督と、五、六人の年嵩な小作人とが出迎えていた。彼らはいずれも、古手拭と煙草道具と背負い繩とを腰にぶら下げていた。短い日が存分西に廻って、彼の周囲には、荒くれた北海道の山の中の匂いだけがただよっていた。 監督を先頭・・・ 有島武郎 「親子」
・・・裾をからげて砲兵の古靴をはいている様子は小作人というよりも雑穀屋の鞘取りだった。 戸を開けて外に出ると事務所のボンボン時計が六時を打った。びゅうびゅうと風は吹き募っていた。赤坊の泣くのに困じ果てて妻はぽつりと淋しそうに玉蜀黍殻の雪囲いの・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
八月十七日私は自分の農場の小作人に集会所に集まってもらい、左の告別の言葉を述べた。これはいわば私の私事ではあるけれども、その当時の新聞紙が、それについて多少の報道を公けにしたのであるが、また聞きのことでもあるから全く誤・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・私は、当日、小作の挿画のために、場所の実写を誂えるのに同行して、麻布我善坊から、狸穴辺――化けるのかと、すぐまたおなかまから苦情が出そうである。が、憚りながらそうではない。我ながらちょっとしおらしいほどに思う。かつて少年の頃、師家の玄関番を・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・おとよさんの里は中農以上の家であるに隣はほとんど小作人同様である。それに清六があまり怜悧でなく丹精でもない。おとよさんも来て間もなくすべての様子を知っていったん里へかえったのだが、おとよさんの父なる人は腕一本から丹精して相当な財産を作った人・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ と挨拶したのを見るとあの人さ、そんころ善吉はまるっきり小作つくりであったから、あの女も若い時から苦労が多かった。 村の内でも起きて居た家は半分しか無かった、そんなに早いのに、十四五の小娘が朝草刈りをしているのだもの、おれはもう胸が・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地を奪われ商工業を壟断せられ、総ての日本人は欧米人の被傭者、借地人、借家人、小作人、下男、下女となって惴々焉憔々乎として哀みを乞うようになると予言したものもあった。又雑婚が盛んになって総・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 苟くも田舎を取材にするなら、小作人の立場になって、階級意識の上に書かれた芸術でないかぎりは、所詮、ブルジョア文学たることを免れない如く、都会の芸術は今日の工場労働者の精神に徹せざるかぎり、真のプロレタリア芸術と言うことはできないのであ・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・取残された僕は力味んではみたものの内内心細かった、それでも小作人の一人二人を相手にその後、三月ばかり辛棒したねエ。豪いだろう!」「馬鹿なんサ!」と近藤が叱るように言った。「馬鹿? 馬鹿たア酷だ! 今から見れば大馬鹿サ、然しその時は全・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・以前一町ほどの小作をしていたが、それはやめて、田は地主へ返えしてしまった。そして、親譲りの二反歩ほどの畠に、妻が一人で野菜物や麦を作っていた。「俺らあ、嚊がまた子供を産んで寝よるし、暇を出されちゃ、困るんじゃがのう。」彼は悄げて哀願的に・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
出典:青空文庫