・・・ のち二日目の午後、小包が届いたのである。お医師を煩わすほどでもなかった。が、繃帯した手に、待ちこがれた包を解いた、真綿を幾重にも分けながら。 両手にうけて捧げ参らす――罰当り……頬を、唇を、と思ったのが、面を合すと、仏師の若き妻の・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・一週間ばかり経って、小宮山が見覚のあるかの肌に着けた浴衣と、その時着ておりました、白粉垢の着いた袷とを、小包で送って来て、あわれお雪は亡なりましたという添状。篠田は今でも独身で居りまする。二人ともその命日は長く忘れませんと申すのでありまする・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ そして、その日の昼過ぎには、小包は宛名の家へ配達されました。「田舎から、小包がきたよ。」と、子供たちは、大きな声を出して喜び、躍り上がりました。「なにがきたのだろうね。きっとおもちだろうよ。」と、母親は、小包の縄を解いて、箱の・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・「町が遠いのに、弟さんは、小包を出しにいったんだね。」と、三郎さんはききました。「いえ、町へは、毎日、村から、だれかついでがありますから。」と、ねえやは、答えました。 手紙のあとから、小包がとどきました。あけると、紫色のくりや、・・・ 小川未明 「おかめどんぐり」
・・・そして、その時計を小包にして武田さんに送るという思いつきにソワソワしながら、おそくまで夜店をぶらついていた。私は二円五十銭で買ったが、武田さんのことだから二円ぐらいで神田の夜店あたりで買ったのではないかと思うとキャッキャッとうれしかった。五・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・彼等の一人なるYから、亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠返しのお茶を小包で送って来た。彼には無論一円という香奠を贈る程の力は無かったが、それもKが出して置いて呉れたのであった。Yの父が死んだ時、友人同士が各自に一円ずつの香奠を送るとい・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 嗄れし声にて、よき火やとかすかに叫びつ、杖なげ捨てていそがしく背の小包を下ろし、両の手をまず炎の上にかざしぬ。その手は震い、その膝はわななきたり。げに寒き夜かな、いう歯の根も合わぬがごとし。炎は赤くその顔を照らしぬ。皺の深さよ。眼いた・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・り返って、洋裁の仕事がいそがしくてとても田舎へなんか行かれぬなどという返事をよこして、どんな暮しをしていたものやら、そろそろ東京では食料が不自由になっているという噂を聞いてあさは、ほとんど毎日のように小包を作ってお前たちに食べ物を送ってやっ・・・ 太宰治 「冬の花火」
九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉の宅へ一封の小包郵便が届いた。大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡・・・ 寺田寅彦 「球根」
持てあます西瓜ひとつやひとり者 これはわたくしの駄句である。郊外に隠棲している友人が或年の夏小包郵便に托して大きな西瓜を一個饋ってくれたことがあった。その仕末にこまって、わたくしはこれを眺めながら覚えず口ずさんだのである。・・・ 永井荷風 「西瓜」
出典:青空文庫