・・・ と小声に云うと、「何か?」 と少し屈懸るようにする。「軍医殿は何と云われました? 到底助かりますまい?」「何を云う? そげな事あッて好もんか! 骨に故障が有るちゅうじゃなし、請合うて助かる。貴様は仕合ぞ、命を拾うたちゅ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・此れ等の打合せをしようにも、二人が病人の傍を離れる事は到底不可能な事、まして、小声でなんか言おうものなら、例の耳が決して逃してはおきません。 其夜、看護婦は徹夜をしました。私は一時間程横になりましたが、酸素が切れたので買いに走りました。・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ごとく喜びたもうかと思えば、福はすでにわが家の門内に巣食いおり候、この上過分の福はいらぬ事に候 今夜は雨降りてまことに静かなる晩に候、祖父様と貞夫はすでに夢もなげに眠り、母上と妻は次の室にて何事か小声に語り合い、折り折り忍びやかに笑うさ・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・』『そうね』とお絹もしいては勧めかね道々二人は肩をすり寄せ小声に節を合わして歌いながら帰りぬ。 * * * * 若い者のにわかに消えてなくなる、このごろは・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・と、武石は、小声で、松木にささやいた。「誰れだな、俺れゃどうも見当がつかん。」「這入りこんで現場を見届けてやろう。」 二人は耳をすました。二つくらい次の部屋で、何か気配がして、開けたてに扉が軋る音が聞えてきた。サーベルの鞘が鳴る・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 杜氏は、醸造場へ来ると事務所へ与助を呼んで、障子を閉め切って、外へ話がもれないように小声で主人の旨を伝えた。 お正月に、餅につけて食う砂糖だけはあると思って、帆前垂にくるんだザラメを、小麦俵を積重ねた間にかくして、与助は一と息・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・と思わず小声で言った時、夕風が一ト筋さっと流れて、客は身体の何処かが寒いような気がした。捨ててしまっても勿体ない、取ろうかとすれば水中の主が生命がけで執念深く握っているのでした。躊躇のさまを見て吉はまた声をかけました。 「それは旦那、お・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・と小声で囃して後でチョイと舌を出す。「シトヲ、馬鹿にするにも程があるよ。 大明神眉を皺めてちょいと睨んで、思い切って強く帚で足を薙ぎたまう。「こんべらぼうめ。 男は笑って呵りながら出で行く。その二 浴後の・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 女は安来節のようなのを小声で歌いながら、チリ紙を持って入ってきた。そしてそこにあった座布団を二つに折ると×××× 龍介はきゅうに心臓がドキンドキンと打つのを感じた。「ばか、俺は何もするつもりじゃないんだ」彼は少しどもった。女は初め・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・そこには土間で機を織っている。小声で歌を謡っている。「おおい」と言って馬を曳いた男が立ちどまる。藁の男は足早に同じ軒下へ避ける。馬は通り抜ける。蜜柑を積んでいる。 と、「まあ誰ぞいの」と機を織っていた女が甲走った声を立てる。藁の・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫