・・・ この部屋に僕等を迎えたのは小肥りに肥った鴇婦だった。譚は彼女を見るが早いか、雄弁に何か話し出した。彼女も愛嬌そのもののように滑かに彼と応対していた。が、彼等の話している言葉は一言も僕にはわからなかった。(これは勿論僕自身の支那語に通じ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・四十二三の色白の小肥りの男で、紳士らしい服装している。併し斯うした商売の人間に特有――かのような、陰険な、他人の顔を正面に視れないような変にしょぼ/\した眼附していた。「……で甚だ恐縮な訳ですが、妻も留守のことで、それも三四日中には屹度・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ マイクロフォンへ真正面に顔を向け一言一言はっきりしゃべってるのは、小肥りの老けたヴォロシーロフみたいな黒いトルストフカの男だ。 ――この愉快な夜、名誉ある勤労婦人に向って不愉快なことを話すのは不本意であります。しかし、タワーリシチ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・それも小露西亜の農民らしくがっしり小肥りな婦人ではなく、清げに瘠せた体に、蒼白い神経質な顔、同じように鋭い指。それに写真画帖のようなものを持ち、「お買い下さい。いりません?」 買いと云う字に妙なアクセントをつけながら、笑顔とともに遠・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・丈夫そうに白い歯並をニコニコと見せ、股引に小肥りの膝をつつんで坐っている若い大工さんと一つ火鉢にさし向いに坐った花嫁さんが、さも恥しげに重い島田をうつぶしている姿を撮影した写真は、何十万人かの新聞読者の口元を思わずほころばせたであろうと思う・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・ シカゴ市の有名な建築家である某氏が、一寸来訪の意味を説明すると、その小肥りで陽気な御主人は、いかにも快活に「さアさア」と柱のどこかについていたスウィッチを押しました。壁だと思っていた鏡板が動き出して、大きい大きい貝がらのように開いて床・・・ 宮本百合子 「よろこびの挨拶」
出典:青空文庫