・・・岡村は母屋の縁先に手を挙げたり足を動かしたりして運動をやって居る。小女が手水を持ってきてくれた。岡村は運動も止めて家の者と話をして居るが、予の方へ出てくる様子もない。勿論茶も出さない。お繁さんの居ない事はもはや疑うべき余地はないのであった。・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「島の小女は心ありてかく晩くも源が舟頼みしか、そは高きより見下ろしたまいし妙見様ならでは知る者なき秘密なるべし。舟とどめて互いに何をか語りしと問えど、酔うても言葉すくなき彼はただ額に深き二条の皺寄せて笑うのみ、その笑いはどことなく悲しげ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・このあたりあさのとりいれにて、いそがしぶる乙女のなまじいに紅染のゆもじしたるもおかしきに、いとかわゆき小女のかね黒々と染ぬるものおおきも、むかしかたぎの残れるなるべしとおぼしくて奇なり。見るものきくもの味う者ふるるもの、みないぶせし。笥にも・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・田舎くさい小女に見えた。嘉七も、客にもまれながら、ちょいちょい背伸びしては、かず枝のその姿を心細げに追い求めているのだ。舞台よりも、かず枝の姿のほうを多く見ていた。黒い風呂敷包を胸にしっかり抱きかかえて、そのお荷物の中には薬品も包まれて在る・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・そのほかにも、かれ、蚊帳吊るため部屋の四隅に打ちこまれてある三寸くぎ抜かばやと、もともと四尺八寸の小女、高所の釘と背のびしながらの悪戦苦闘、ちらと拝見したこともございました。 いま庭の草むしっている家人の姿を、われ籐椅子に寝ころんだまま・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・「くいしへ行くにはどっちですか」「神社」「アツマコート」「小女山道」「昼飯」「牛を追う翁」「みかん」「いこいつつ水の流れをながめおれば、せきれい鳴いて日暮れんとす」など、とり止めもない遠足の途中のいたずら書きらしいものもある。 亮のかい・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・ 十六になる小女が、はいと云って敷居際に手をつかえる。自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へ抛り出した。小女は俯向いて畳を眺めたまま黙っている。自分は、餌をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔を睥めつ・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉があり、そこへ小女が火をとっていた。一太は好奇心と期待を顔に現して、示されたところに坐った。「今じき何か出来るそうだが、それまでのつなぎに一つ珍らしいもんがあるよ」 その人は、焜炉の網に白い平べったい餅・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・林之助が訪ねて来た時、心に一杯の恨みと憤りとを持ちながらも、男が来たと知ると我知らず手をあげて髪をなおすしぐさの、如何にも中年のああ云う商売の女らしい重々しさと情緒を含んでいたところ、三幕目に行って、小女お君に蛇の使いかたを教える辺。最後に・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 書生と女中とに用を云いつける丈でも平常は引込んでばかり居る彼女には一仕事だったのに、下働きの小女を助けるものがないので午後からは流し場へ立ったっきりでした。 ナイフで大根の皮を剥いたり、揚物をしたり大きな前掛を背中まで掛けて碌に口・・・ 宮本百合子 「二月七日」
出典:青空文庫