・・・が、油汗を搾るのは責めては自分の罪を軽め度いという考えからで、羊頭を掲げて狗肉を売る所なら、まア、豚の肉ぐらいにして、人間の口に入れられるものを作え度い、という極く小心な「正直」から刻苦するようになったんだ。翻訳になると、もう一倍輪をかけて・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・しかれども余は磊落高潔なる蕪村を尊敬すると同時に、小心ならざりし、あまり名誉心を抑え過ぎたる蕪村を惜しまずんばあらず。蕪村をして名を文学に揚げ誉を百代に残さんとの些の野心あらしめば、彼の事業はここに止まらざりしや必せり。彼は恐らくは一俳人に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・何と云う用心のしようだろう。何と云う小心なことだろう。 チョンと跳び、ついと一粒の粟を拾う間に、彼は非常なすばしこさで、ちらりと左右に眼を配る。右を見、左を見、体はひきそばめて、咄嗟に翔び立つ心構えを怠らない。可愛く、子供らしく、浮立っ・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・自分たち若いものの活溌な真情にとって、人間評価のよりどころとは思えないような外面的なまたは形式上のことを、小心な善良な年長者たちはとやかく云う。けれどもねえ、そればかりじゃあないわねえ、その心だと思う。 ところが、いざ自分のその心の面に・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 一応御報告というところへ云いつくせぬ小心な恨みをこめ、対手にはだが一向痛痒を与え得ず、父親が去ると、主任は椅子をずらして、「どうです」と自分に向った。「ああいうのをきいて、何と感じます」「あなた方が益々憎らしい」「・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・そのように覚えのよい、小心な、根気よいところあって、哀れ。 ○四つの子供がよく大人の言葉と表情を理解するだけでもおどろくべきものだ。 ○「ああ 一寸姐さん」と立つ関さんの後を 「ワアー たあたん」 と忽ちかけ出す 「ああ・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・純なよきものが現れていて、これを描いた人はどんなに彼を理解し愛していたか、また愛されるだけのよさ、心のよさ、小心な位のよさを持った彼であったかが感じられた。 柩が白い花と六本の小さい蝋燭に飾られ、読経の間に風が吹いて、六つの光が一つ消え・・・ 宮本百合子 「田端の坂」
・・・利かないもんかな、などと云う言葉を理解した。小心なジェルテルスキーはその場合、一番彼に近くいる位置の関係から云っても、何とか一言親しみある言葉を与えたかった。然し、彼には適当な日本語が見つからない。――つまり彼も黙って、タイプライターを打ち・・・ 宮本百合子 「街」
・・・ 祖父はよく言えば潔白な性格であり、他の方面からいえば小心な人で、政治的手腕というものは欠けていたように思います。ですから伊藤内閣の時代には所謂正義派で、その生涯では大した金も残さず、しかもその僅かの財産も、没後は後継の人の非生産的な生・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
・・・ただ彼は自分の博愛心を恋人に知らす機会を失つたことを少なからず後悔した後で、それほどまでも秋三に踊らせられた自分の小心が腹立たしくなって来た。が、曽て敵の面前で踊った彼の寛大なあのひと踊りの姿は、一体彼の心の何処へ封じ込まねばならないのか?・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫