・・・縁を繞りて小指の先程の鋲が奇麗に五分程の間を置いて植えられてある。鋲の色もまた銀色である。鋲の輪の内側は四寸ばかりの円を画して匠人の巧を尽したる唐草が彫り付けてある。模様があまり細か過ぎるので一寸見ると只不規則の漣れんいが、肌に答えぬ程の微・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ イギリス海岸には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはずれに居る人は、小指の先よりもっと小さく見えました。 殊にその泥岩層は、川の水の増すたんび、奇麗に洗われるものですから、何とも云・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・まもなく耕助は小指ぐらいの茶いろなかじかが横向きになって流れて来たのをつかみましたし、そのうしろでは嘉助が、まるで瓜をすするときのような声を出しました。それは六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでいたのです。それからみんなとっ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・まもなく、小指ぐらいの茶いろなかじかが、横向きになって流れて来たので、取ろうとしたら、うしろのほうで三郎が、まるで瓜をすするときのような声を出した。六寸ぐらいある鮒をとって、顔をまっ赤にしてよろこんでいたのだった。「だまってろ、だまってろ。・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
・・・ 支那人はそのうちに、まるで小指ぐらいあるガラスのコップを二つ出して、ひとつを山男に渡しました。「あなた、この薬のむよろしい。毒ない。決して毒ない。のむよろしい。わたしさきのむ。心配ない。わたしビールのむ、お茶のむ。毒のまない。これ・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
・・・ 千代は、美しい眉をひそめながらぴんと小指を反せて鍋を動し、驚くほどのおじやを煮た。そして、行儀よく坐り、真面目な面持ちで鮮やかに其等を皆食べて仕舞うのであった。「仕様がないじゃあないか、あれでは」 到頭、彼が言葉に出した。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・一太と忠公とは四尺ばかり離れたあっちとこっちで、睨めっこしたり、口の中に両方の小指を突こんでベッカンコをしたりして遊んだ。いい加減遊ぶと忠公はぷいと、「あばよ、パいよ」と云って引こむ。 一太は長いこと長いこと母親の手許を眺めてい・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 何故なら、ソヴェト同盟で諷刺的に様式化されたブルジョアジーは、いつでも燕尾服にシルク・ハットで、太い金鎖りをデブ腹の上にたらし、小指にダイアモンドをキラつかして、葉巻をふかしている。 しかし実際に、どんな場合でも、ブルジョアジーは・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・悪に誘われ――それが悪とさえわきまえず悪におちいる少年少女の、垢のついた小さい十本の指を、拇指から小指へとくっきり指紋にとって、それを何万枚警視庁にためて分類したとしても、わたしたちの日本の苦しみと悲しみはへりはしない。 警視庁の役人は・・・ 宮本百合子 「指紋」
・・・ お留は丸帯の汚点をランプの下に晒してみた。小指の爪で一寸擦ると、「こりゃ姉やんに持って来いやがなア。」と云いながらまた奥の間へ這入っていった。十 安次の小屋が組から建てられることに定ったと知ったとき、勘次は母親をそ・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫