・・・阿漕でも小松でもかまいません。あなたの気に入ったのをつれて行って下さい。 使 いや、名前もあなたのように小町と云わなければいけないのです。 小町 小町! 誰か小町と云う人はいなかったかしら。ああ、います。います。(発作的玉造の小町と・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ 御柱を低く覗いて、映画か、芝居のまねきの旗の、手拭の汚れたように、渋茶と、藍と、あわれ鰒、小松魚ほどの元気もなく、棹によれよれに見えるのも、もの寂しい。 前へ立った漁夫の肩が、石段を一歩出て、後のが脚を上げ、真中の大魚の鰓が、端を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と、密と、袖を捲きながら、紅白の旗のひらひらする、小松大松のあたりを見た。「あの、大旗が濡れてはならぬが、降りもせまいかな。」 と半ば呟き呟き、颯と巻袖の笏を上げつつ、とこう、石の鳥居の彼方なる、高き帆柱のごとき旗棹の空を仰ぎながら・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・の天女と、描ける玉章を掻乱すようで、近く歩を入るるには惜いほどだったから…… 私は――(これは城崎関弥 ――道をかえて、たとえば、宿の座敷から湖の向うにほんのりと、薄い霧に包まれた、白砂の小松山の方に向ったのである。 小店の・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・――実は小松からここに流れる桟川で以前――雪間の白鷺を、船で射た友だちがあって、……いままですらりと立って遊んでいたのが、弾丸の響と一所に姿が横に消えると、颯と血が流れたという……話を聞いた事があって、それ一羽、私には他人の鷺でさえ、お澄さ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・一双の屏風の絵は、むら消えの雪の小松に丹頂の鶴、雛鶴。一つは曲水の群青に桃の盃、絵雪洞、桃のような灯を点す。……ちょっと風情に舞扇。 白酒入れたは、ぎやまんに、柳さくらの透模様。さて、お肴には何よけん、あわび、さだえか、かせよけん、と栄・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・屹度十日までに間に合せて金を持って帰るから――という手紙一本あったきりで其後消息の無い細君のこと、細君のつれて行った二女のこと、また常陸の磯原へ避暑に行ってるKのこと、――Kからは今朝も、二ツ島という小松の茂ったそこの磯近くの巌に、白い波の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
一 笆に媚ぶる野萩の下露もはや秋の色なり。人々は争うて帰りを急ぎぬ。小松の温泉に景勝の第一を占めて、さしも賑わい合えりし梅屋の上も下も、尾越しに通う鹿笛の音に哀れを誘われて、廊下を行き交う足音もやや淋しくな・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・豊吉は墓の間を縫いながら行くと、一段高いところにまた数十の墓が並んでいる、その中のごく小さな墓――小松の根にある――の前に豊吉は立ち止まった。 この墓が七年前に死んだ「並木善兵衛之墓」である、「杉の杜の髯」の安眠所である。 この日、・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・叔父さんを起こそうとしたがやめた、起こすと叔父さんがきっと『何だ何だ』と大きな声を出す、鹿が逃げてしまう、僕は思わず、叔父さんが小松に立てかけて置いた銃をソッと把った。 鹿は少しも人のいるに気が付かぬかして、小藪の陰をしずかに歩いてこな・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
出典:青空文庫