・・・やせぎすな、小柄なリーザに、イイシまで一緒に行くことをすすめているだろう。多分、彼も、何かリーザが喜びそうなものを買って持って行っているのに違いない。武石は、小皺のよった、人のよさそうな、吉永の顔を思い浮べた。そして、自から、ほほ笑ましくな・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・若い、小柄な男だった。頬と鼻の先が霜で赭くなっていた。「有がとう。」「ほんとに這入ってらっしゃい。」「有がとう。」 けれども、若い馭者は、乾草をなお身体のまわりに集めかけて、なるだけ風が衣服を吹き通さないようにするばかりで橇・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ その日の出廷はもう一人いた。小柄な瘠せた男で、寒そうに薄い唇の色をかえていた。「第二無新」の同志らしかった。 俺は半年振りで見る「外」が楽しみでならなかった。護送自動車が刑務所の構内を出てから、編笠を脱ぎ、窓のカーテンを開けてもら・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ とお店に一人のこっていた二十五、六の、痩せて小柄な工員ふうのお客さんが、まじめな顔をして立ち上りました。それは、私には今夜がはじめてのお客さんでした。「はばかりさま。ひとり歩きには馴れていますから」「いや、お宅は遠い。知ってい・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のお巡りが玄関で、帳簿の私の名前と、それから無精髯のばし放題の私の顔とを、つくづく見比べ、おや、あなたは……のお坊ちゃんじゃございませんか? そう言うお巡りのことばには、強い故郷の訛があ・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・襖があいて実直そうな小柄の四十男が、腰をかがめてはいって来た。木戸で声をからして叫んでいた男である。「君、どうぞ、君、どうぞ。」先生は立って行って、その男の肩に手を掛け、むりやり火燵にはいらせ、「まあ一つ飲み給え。遠慮は要りません。さあ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・五尺二、三寸の小柄の男で、しかも痩せている。つくづくその顔を眺めてみても、別段これという顔でない。浅黒く油光りして、顎の鬚がすこし伸びている。丸顔というではなし、さりとて長い顔でもなし、ひどく煮え切らない。髪の毛は、いくぶん長く、けれども蓬・・・ 太宰治 「花燭」
・・・そうしてまっしぐらに水中をおそらく三メートル以上も突進して行って、静かに浮かんでいる白の親鳥のそばに浮き上がったかと思うと、いきなりその首筋に食いついて、この弱々しい小柄の母鳥のからだを水中に押し沈めた。驚いて見ていると、この暴君はまもなく・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・その羅宇屋が一風変った男で、小柄ではあったが立派な上品な顔をしていて言葉使いも野卑でなく、そうしてなかなかの街頭哲学者で、いろいろ面白いリマークをドロップする男であった。いつもバンドのとれたよごれた鼠色のフェルト帽を目深に冠っていて、誰も彼・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・という名前や、また作歌文章などを通して私の自然に想像していた島木さんは、どちらかと云えば小柄な体格をもった人でありましたが、御目にかかってみると私の想像よりはずっと大きい体格のように思われました。 それからこの夏八月始めて諏訪湖畔を汽車・・・ 寺田寅彦 「書簡(1[#「1」はローマ数字1、1-13-21])」
出典:青空文庫