・・・と、肝を消して、「まあ、小母さん。」 ベソを掻いて、顔を見て、「御免なさい。御免なさい。父さんに言っては可厭だよ。」 と、あわれみを乞いつつ言った。 不気味に凄い、魔の小路だというのに、婦が一人で、湯帰りの捷径を怪ん・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・おつかいものは、ただ煎餅の袋だけれども、雀のために、うちの小母さんが折入って頼んだ。 親たちが笑って、「お宅の雀を狙えば、銃を没収すると言う約条ずみです。」 かつて、北越、倶利伽羅を汽車で通った時、峠の駅の屋根に、車のとどろくに・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・中仕切の暖簾を上げて、姉さんだか、小母さんだか、綺麗な、容子のいいのが、すっと出て来て、「坊ちゃん、あげましょう。」と云って、待て……その雛ではない。定紋つきの塗長持の上に据えた緋の袴の雛のわきなる柱に、矢をさした靱と、細長い瓢箪と、霊芝の・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・色の腕までの手袋を嵌めた手に、細い銀煙管を持ちながら、店が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心に翳していて、行交う人の風采を、時々、水牛縁の眼鏡の上からじろりと視めるのが、意味ありそうで、この連中には小母御に見えて―― 湯帰りに蕎麦で極・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ この無遠慮な小母さんに、妹はあっけに取られたが、姉の方は頷いた。「はい、お煎餅、少しですよ。……お二人でね……」 お駄賃に、懐紙に包んだのを白銅製のものかと思うと、銀の小粒で……宿の勘定前だから、怪しからず気前が好い。 女・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・生島はその四十を過ぎた寡婦である「小母さん」となんの愛情もない身体の関係を続けていた。子もなく夫にも死に別れたその女にはどことなく諦らめた静けさがあって、そんな関係が生じたあとでも別に前と変わらない冷淡さもしくは親切さで彼を遇していた。生島・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・「そうでございますってね。小母さんは毎日あなたの事ばかり案じていらっしゃるんですよ。今度またこちらへお出でになることになりましてから、どんなにお喜びでしたかしれません。……考えると不思議な御縁ですわね」「妙なものですね。この夏はどう・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ある日宅の女中が近所の小母さん達二、三人と垣根から隣を透見しながら、何かひそひそ話しては忍び笑いに笑いこけているので、自分も好奇心に駆られてちょっと覗いてみると、隣の裏庭には椅子を持出してそれに楠さんが腰をかけている。その傍に立った丸髷の新・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・彼は黙って私の桶や天秤棒をなおしてくれ、それからくるりと奥さんの方へむきなおると、「小母さん、すみません」 と云ってお辞儀した。林は口数の少ない子だから、それだけしか言わなかったが、それはあきらかに、私のために詫びてくれてるのだとい・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ その教室を出て、もう一つの教室へ行くと、そこでは若い生徒ではない、もう四十五十の小父さん小母さんが十人ばかり、むきな顔をして代数の勉強をやっていた。職場で働いているが、こういう人々はもっと自分の技術を高めて、ソヴェト同盟が最も必要とし・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
出典:青空文庫