・・・――私の仔犬よ! 健康を大切におし。病気になったら――そんなことの無いように――すべてを打っちゃってヤルタへおいで、私はここでお前の看護をする。疲れないでお呉れ、子供よ。 恐らく一九二八年は、クニッペルの上に重いであろう。ヤルタは彼女の・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・「そこで彼女は一匹の小犬を飼い、幾株かの花を植え」「春の日は花の下に坐し、冬は煖炉にうずくまって、心情は池水のように、静かに、小さく、絶望的で、一生はこうして終ってしまうのだと、自ら悟った様子でした」 そこへ思いもかけず、学者の孤児とな・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 旅人は小さい白い小犬に誘われていつにもなく足早にそしてつかれずに歩きました。森を三つ許り越えた時目の前にもう村の入口が見えました。白い小犬の姿は見えませんでした。詩人はそこの立石のわきに腰をおろして汗をぬぐいながらいつの間にか、初夏の・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・丁度お上さんが門口から一匹の小犬を逐い出しているところであった。「どうも内の狆が牝だもんですから、いろんな犬が来て困ります」と云って置いて、「畜生々々」と顧み勝に出て行く犬を叱っている。狆は帳場から、よそよそしい様子をして見ている。「F・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫