・・・すると薄い足袋の裏へじかに小石が食いこんだが、足だけは遙かに軽くなった。彼は左に海を感じながら、急な坂路を駈け登った。時時涙がこみ上げて来ると、自然に顔が歪んで来る。――それは無理に我慢しても、鼻だけは絶えずくうくう鳴った。 竹藪の側を・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・何でも天地開闢の頃おい、伊弉諾の尊は黄最津平阪に八つの雷を却けるため、桃の実を礫に打ったという、――その神代の桃の実はこの木の枝になっていたのである。 この木は世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅の・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・事務所の角まで来ると何という事なしにいきなり路の小石を二つ三つ掴んで入口の硝子戸にたたきつけた。三枚ほどの硝子は微塵にくだけて飛び散った。彼れはその音を聞いた。それはしかし耳を押えて聞くように遠くの方で聞こえた。彼れは悠々としてまたそこを歩・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ きゃッ、と云うと、島が真中から裂けたように、二人の身体は、浜へも返さず、浪打際をただ礫のように左右へ飛んで、裸身で逃げた。大正十五年一月 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ と出額をがッくり、爪尖に蠣殻を突ッかけて、赤蜻蛉の散ったあとへ、ぼたぼたと溢れて映る、烏の影へ足礫。「何をまたカオカオだ、おらも玩弄物を、買お、買おだ。」 黙って見ている女房は、急にまたしめやかに、「だからさ、三ちゃん、玩・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・そうすると、そこら一面石の嵐でござりまして、大石小石の雨がやめどなく降ったそうでござります。五十日のあいだというもの夜とも昼ともあなたわかんねいくらいで、もうこの世が泥海になるのだって、みんな死ぬ覚悟でいましたところ、五十日めごろから出鳴り・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・追いつ追われつ、草花を採ったり小石を拾って投げたり、蛇がいたと言っては三人がしがみ合ったりして、池の岸を廻ってゆく。「省さん、蛇王様はなで皹の神様でしょうか」「なでだか神様のこたあ私にゃわかんねい」「それじゃ蛇王様は皹の事ばかり・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
跡のはげたる入長持 聟入、取なんかの時に小石をぶつけるのはずいぶんらんぼうな事である。どうしたわけでこんな事をするかと云うと是はりんきの始めである。人がよい事があるとわきから腹を立てたりするのも世の中の人心・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ そのとき、だれか、小石を拾って、電信柱の頂に止まっている赤い鳥を目がけて、投げました。赤い鳥は驚いて、雲をかすめて、ふたたび夕空を先刻きた方へと、飛んでいってしまいました。 子供は、しょんぼりとそこを立ち去りました。この哀れな有り・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・ 子供は、二足、三足歩くと足もとの小石を拾って、それを珍しそうに、ながめていました。鶏が餌を探していると立ち止まって、「とっと、とっと。」といって、ぼんやりとながめていました。 また小犬が遊んでいると、子供は立ち止まって、じっと・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
出典:青空文庫