・・・洗って縫い直したものらしく、いくぶん小綺麗にはなっていたが、その布地の羊羹色と、縞の渋柿色とは、やはりまぎれもない。けれどもその朝は、仕事が気になって、衣服の事などめんどうくさく、何も言わずにさっさと着て朝ごはんも食べずに仕事をはじめた。昼・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・電気をつけてみると、部屋が小綺麗に整頓せられているのがわかり、とても狂人の住んでいる部屋とは思えない。幸福な家庭の匂いさえするのである。「いやもう何も、おかまいなく。私はこれで失礼しましょう。細田さんが何だか興奮していらっしゃるようでし・・・ 太宰治 「女神」
・・・どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。かつて私は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 幾度も幾度も繰り返して、まるで、饑えた犬が、牛の骨をもらいでもした様にして見るので、銀地へ胡粉で小綺麗な兎を描き、昔の絵にある様な、樹だの鳥だのをあしらった表紙も、もう一体に薄墨をはいた様になってしまって居る。 そのぼやけた表紙か・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・年の割にしては小綺麗に見える人だ。二夫婦一緒に居るのだから気がねが多いと云って居る。いそがしそうだから立ったまま用向を云って今留守な主人が帰ったら伝えて呉れと云って置く。 お上んなさいお上んなさいと進められてもいそがしそうだからと云って・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 女をも不幸の荷い手として見ざるを得ないゴーリキイの育ったこういう環境と、息子が年頃になると小間使の小綺麗なのをあてがい、社交界の身分高い貴夫人と醜行を結ぶことを出世の緒として奨励したロシアの貴族階級の腐敗の中に育ち、それと闘ったトルス・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・は酔っぱらいながら彼等に、学生や官吏や「一般に小綺麗な連中に」対する悪意のある哀訴をした。それをきくと「教育のある人達に対する片輪の伝説」で毒されているパン焼仲間は不可解なものへの嘲笑と敵対心を刺戟され、毒々しい喜びで目を閃かせながら叫ぶの・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・は酔っぱらいながら彼等に、学生や官吏や「一般に小綺麗な連中」に対する悪意のある哀訴をした。それをきくと、「教育のある人達に対する片輪の伝説」で毒されているゴーリキイのパン焼仲間は不可解なものへの嘲笑と敵対心を刺戟され毒々しい喜びで目を閃かせ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ この時小綺麗な顔をした、田舎出らしい女中が、燗を附けた銚子を持って来て、障子を開けて出すと主人が女房に目食わせをした。女房は銚子を忙しげに受け取って、女中に「用があればベルを鳴らすよ、ちりんちりんを鳴らすよ、あっちへ行ってお出」と云っ・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫