・・・ところどころ、大きな地崩れでやっと一人歩ける小道が、右手の石垣よりに遺されている。やはりごろた石の垣だ。歩きながら、なほ子はひとりでに二三度、その石垣の上の家の方へ視線を向けた。彼女が五日ばかりいた小林区の役宅と云うのは、確かにその辺に在っ・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ どの小道へ曲っても、乾いた太陽と風とがある。 粘土と平ったい石片とで築かれたアラビア人の城砦の廃墟というのへ登り、風にさからって展望すると、バクーの新市街の方はヨーロッパ風の建物の尖塔や窓々で燦めいている。けれども目の下の旧市街は・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ということをいいたてて、それぞれの小道の中に引っ込んでいることは、客観的にはその人自身さえも望んでいない力に協力することになってしまう。 日本ではデモクラシーの道幅が如何にもせまい。それをひろげる為に、日本にはよその国と違った強い強い前・・・ 宮本百合子 「前進的な勢力の結集」
・・・種々の抵抗にぶつかり、小道へまで引きまわされ、脂のきつい文章の放散する匂いに揉まれ、而もそれらのごたごたした裡から、髣髴と我々の印象に刻された従妹ベットの復讐の恐ろしい情熱、マルヌッフ夫妻、ユロ男爵の底を知らぬ深刻な情慾への没落、カトリック・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 服装がばらばらなとおり、めいめいの生活もめいめいの小道の上に営まれて来ているのだけれども、きょうは、そのめいめいが、どこかでつかまっていて離さなかった一本の綱を、公然と手繰りあってここに顔を合わせた、そういう、一種のつつましさと心はず・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織に爪皮のかかった下駄ばきで、菊花大会会場と立札の立っている方の小道へ歩いて行きました。 先達って靖国神社のお祭りの時は、二万人ほどの・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・ 裏の小道を生垣沿いにかえりながら、私は何となしひとり笑えて来た。咄嗟に、自分のことにひきつけてあわてたような気持になったのが如何にも女房くさくて我ながら滑稽なのであった。 三四日してから、或る友達のところへ行ったら、主人は留守で子・・・ 宮本百合子 「まちがい」
・・・ 二人は月のさす小道を銀を引きのべた様な湖を後に家に向いました。森を出ると家々の灯はもうすっかりともされていかにも夏の夜らしい景色、二人は足をはやめてはじから三番目の灯の方に向いました。二人は戸口で、「さようなら、よいゆめを、又・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・ 万斛の玉を転ばすような音をさせて流れている谷川に沿うて登る小道を、温泉宿の方から数人の人が登って来るらしい。 賑やかに話しながら近づいて来る。 小鳥が群がって囀るような声である。 皆子供に違ない。女の子に違ない。「早く・・・ 森鴎外 「杯」
・・・は人力車が通うが、左側に近頃刈り込んだ事のなさそうな生垣を見て右側に広い邸跡を大きい松が一本我物顔に占めている赤土の地盤を見ながら、ここからが坂だと思う辺まで来ると、突然勾配の強い、狭い、曲りくねった小道になる。人力車に乗って降りられないの・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫