・・・それに彼は、いくらか小金を溜めて、一割五分の利子で村の誰れ彼れに貸付けたりしていた。ついすると、小作料を差押えるにもそれが無いかも知れない小作人とは、彼は類を異にしていた。けれども、一家が揃って慾ばりで、宇一はなお金を溜るために健二などゝ一・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・だから、あの人が、私の辛苦して貯めて置いた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしくむだ使いしても、私は、なんとも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも、優しい言葉の一つ位は掛けてくれてもよさそうなのに、あの人は、いつでも私に意地・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・私の貯めた粒粒の小金を、まず友人の五円紙幣と交換するのである。手の切れるほどあたらしい紙幣であれば、私の心はいっそう跳った。私はそれを無雑作らしくポケットにねじこみ、まちへ出掛けるのだ。月に一度か二度のこの外出のために、私は生きていたのであ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・それでも家には小金の貯えも少しはあって、十六七の娘に三味線を仕込などしている。遊芸をみっちり仕込んだ嫖致の好い姉娘は、芝居茶屋に奉公しているうちに、金さんと云う越後産の魚屋と一緒になって、小楽に暮しているが、爺さんの方へは今は余り寄りつかな・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・戦時中、大軍需会社の下うけをやっていて、小金をためたような小企業家が、さて、敗戦と同時に、何か別途に金をふやす方法をさがした。軍部関係で闇に流れた莫大な紙があった。戦後、続出した新興出版事業者は、ほとんど例外なしに、この敗戦おきみやげたる紙・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ 休職の海軍軍人で小金の有る内福な事を繰返し繰返し云ってから、「一刻も早くはあ孫の顔が見たいばっかりで、」と涙をこぼして居た。 千世子は耳遠い年寄にわかる様に一言一言力を入れて自分の暮しの様子なんか話して、「何より御目出・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ただ、近頃一部の作家の間に流行しているように、小金をためて来た作家たちが、背後により大きい資本と結合して、出版企業体を組織し、株主や理事になって、利潤の分配に直接関係しはじめている人々は、作家といっても、それは例外である。職人が小金をためて・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・ゆうべ一しょに泊る筈の小金奉行が病気引をしたので、寂しい夜寒を一人で凌いだのである。傍には骨の太い、がっしりした行燈がある。燈心に花が咲いて薄暗くなった、橙黄色の火が、黎明の窓の明りと、等分に部屋を領している。夜具はもう夜具葛籠にしまってあ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫