・・・ここより歌人としての曙覧につきて少しく評するところあらんとす。 曙覧の歌は比較的に何集の歌に最も似たりやと問わば、我れも人も一斉に『万葉』に似たりと答えん。彼が『古今』、『新古今』を学ばずして『万葉』を学びたる卓見はわが第一に賞揚せんと・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・歩哨は少しきまり悪そうに言いました。「なあんだ。あっ。あんなやつも出て来たぞ」 向こうに魚の骨の形をした灰いろのおかしなきのこが、とぼけたように光りながら、枝がついたり手が出たりだんだん地面からのびあがってきます。二疋の蟻の子供らは・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・だから、いきなり新宿のカフェーであばずれかかった女給としておふみが現れたとき、観客は少し唐突に感じるし、どこかそのような呈出に平俗さを感じる。このことは、例えば、待合で食い逃げをした客にのこされたとき、おふみが「よかったねえ!」と艶歌師の芳・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・気候が青物には申し分ないが、小麦には少し湿っているとの事。 この時突然、店の庭先で太鼓がとどろいた、とんと物にかまわぬ人のほかは大方、跳り立って、戸口や窓のところに駆けて出た、口の中をもぐもぐさしたまま、手にナフキンを持ったままで。・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・やはり少し馬鹿にする気味で、好意を表していてくれる人と、冷澹に構わずに置いてくれる人とがあるばかりである。 それに文壇では折々退治られる。 木村はただ人が構わずに置いてくれれば好いと思う。構わずにというが、著作だけはさせて貰いたい。・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ただ少し年を取っただけである。ツァウォツキイが来た時、ユリアは平屋の窓の傍で縫物をしていた。窓の枠の上には赤い草花が二鉢置いてある。背後には小さい帷が垂れてある。 ツァウォツキイはすぐに女房を見附けた。それから戸口の戸を叩いた。 戸・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 灸は婦人を見上げたまま少し顔を赧くして背を欄干につけた。「あの子、まだ起きないの?」「もう直ぐ起きますよ。起きたら遊んでやって下さいな。いい子ね、坊ちゃんは。」 灸は障子が閉まると黙って下へ降りた。母は竈の前で青い野菜を洗・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・たっぷりある、半明色の髪に少し白髪が交って、波を打って、立派な額を囲んでいる。鼻は立派で、大きくて、しかも優しく、鼻梁が軽く鷲の嘴のように中隆に曲っている。髭は無い。口は唇が狭く、渋い表情をしているが、それでも冷酷なようには見えない。歯は白・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・フィンクは聞きながら、少し体を動かした。「なんでも疲れた人、病気な人は内にいるに限りますよ。」 フィンクはこんな事を思った。まだ若い女らしいな。こう思って返事をした。「でも時候が違うではございませんか。」言ってしまって、如何にも自分の詞・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ダガネ、モウ少し過ぎると僕は船乗になって、初めて航海に行くんです。実に楽みなんです。どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかのように、海賊を平らげたり、虜になってるお姫さまを助けるような事があるかも知れませ・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫