・・・今人は少数の専門家を除き、ダアウインの著書も読まぬ癖に、恬然とその説を信じている。猿を先祖とすることはエホバの息吹きのかかった土、――アダムを先祖とすることよりも、光彩に富んだ信念ではない。しかも今人は悉こう云う信念に安んじている。 こ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・何しろ洋楽といえば少数の文明開化人が横浜で赤隊の喇叭を聞いたばかりの時代であったから、満場は面喰って眼を白黒しながら聴かされて煙に巻かれてピシャピシャと拍手大喝采をした。文部省が音楽取調所を創設した頃から十何年も前で、椿岳は恐らく公衆の前で・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これは数年前、故和田雲邨翁が新収稀覯書の展覧を兼ねて少数知人を招宴した時の食卓での対談であった。これが鴎外と款語した最後で、それから後は懸違って一度も会わなかったから、この一場の偶談は殊に感慨が深い。 私が鴎外と最も親しくしたのは小・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・真に少数なる読書階級の一角が政治論に触るゝ外は一般社会は総ての思想と全く没交渉であって、学術文芸の如きは遊戯としての外は所謂聡明なる識者にすら顧みられなかった。 二十五年前には文学士春の屋朧の名が重きをなしていても、世間は驚異の目をって・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・それでいつでも正義のために立つ者は少数である。それでわれわれのなすべきことはいつでも少数の正義の方に立って、そうしてその正義のために多勢の不義の徒に向って石撃をやらなければなりません。もちろんかならずしも負ける方を助けるというのではない。私・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・その時にあたってユトランドの農夫が収穫成功の希望をもって種ゆるを得し植物は馬鈴薯、黒麦、その他少数のものに過ぎませんでした。しかし植林成功後のかの地の農業は一変しました。夏期の降霜はまったく止みました。今や小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それが最初少数の信者であったにしても、その熱意の存するかぎり、永久に働きかけるものです。真の芸術の強味はこゝにあります。芸術戦線の戦士は、すべからくこの信念に生きなければならぬものです。 都会に、多くの作家があり、農村に多くの作家がある・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ 多勢の子供のために、お話をする時は、子供という一般的の通性を観察して、それを基礎に語られますが、もし少数の場合であり、たびたび、繰返して話すことが出来る場合であったら、恐らく一人一人の性質を知ることができて、ある時は、その子供達の持つ・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・ まるで日本の伝統的小説である身辺小説のように、簡素、単純で、伝統が作った紋切型の中でただ少数の細かいニュアンスを味っているだけにすぎず、詩的であるかも知れないが、散文的な豊富さはなく、大きなロマンや、近代的な虚構の新しさに発展して行く・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・日本の少数の作家も肉体を描く。しかし、描かれた肉体は情緒のヴェールをかぶり、観念のヴェールをかぶり、あるいは文学青年的思考のデカダンスが、描かれた肉体をだしにしているという現状では、やはりサルトルの「水いらず」は一つの課題になるかも知れない・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫