・・・という按摩は浄瑠璃屋の常連の一人で、尺八も吹く。木地屋から聞こえて来る尺八は宗さんのひまでいる証拠である。 家の入口には二軒の百姓家が向い合って立っている。家の前庭はひろく砥石のように美しい。ダリヤや薔薇が縁を飾っていて、舞台のように街・・・ 梶井基次郎 「温泉」
一 今より四年前のことである、自分は何かの用事で銀座を歩いていると、ある四辻の隅に一人の男が尺八を吹いているのを見た。七八人の人がその前に立っているので、自分もふと足を止めて聴く人の仲間に加わった。 こ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・何か君は出来ることがあるだろう――まあ、歌を唄うとか、御経を唱げるとか、または尺八を吹くとかサ。」「どうも是という芸は御座いませんが、尺八ならすこしひねくったことも――」と、男は寂しそうに笑い乍ら答えた。「むむ、尺八が吹けるね。それ・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・ことに日本人にとっては日本語の母音や子音の組成、また特有な音色をもった三味線や尺八の音の特異な因子を研究するのはずいぶん興味のある事に相違ない。私はこの種の研究が早晩日本の学者の手で遂行される事を望んでいる。 私が初めて平円盤蓄音機に出・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ シナの洞簫、昔の一節切、尺八、この三つが関係のある事は確実らしい。足利時代に禅僧が輸入したような話があるかと思うと、十四世紀にある親王様が輸入された説もある。そうかと思うと『源氏物語』や『続世継』などに尺八の名があり、さらに上宮太子が・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・所在なさに縁側の障子に背をもたせて宿で借りた尺八を吹いていた。一しきり襲い来る雨の足に座敷からさす灯が映えて、庭は金糸の光に満つる。恍惚としていた時に雨を侵す傘の音と軽い庭下駄の音が入口に止んで白い浴衣の姿が見えた。女中のお房が雨戸をしめに・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・東隣で琴と尺八を合せる音が紫陽花の茂みを洩れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云うと「人並じゃ」と一人が答える。女ばかりは黙っている。「わしのはこうじゃ」と話しがまた元へ・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・ あれだけ鋭い神経を持って居られたのだから、勿論、恋愛を骨子として書かれたものでも、凄いするどいものがある。 隣の女の後ろの方を読んだものが、ゾーッとするのもそれである。 尺八上手の男が小夜に釣られて行ったあげく、女の情夫の死骸・・・ 宮本百合子 「紅葉山人と一葉女史」
・・・ かやの実とはどんなものだろう ○変な五人づれの万歳 ○男の尺八、それをききに来たもう一人のやはり気弱な男。 Yamada Kuniko の生活 信州人。ムラサキ時代、 中央新聞記者。 いろいろな・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 私琴は弾けないんですよ、 ただ三味線はすきですきくだけですけど、 尺八のいい悪いなんかはわかるほど年を取って居ませんしねえ。「いつでもね肇君の姉さんがそう云ってるんですよ。 お前なんかどうせろくなものにはなれないんだか・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫