・・・ 始めての経験である間借りの生活に興味を覚えつつ、陽子は部屋を居心地よく調えた。南向の硝子窓に向って机、椅子、右手の襖際に木箱を横にした上へ布をかけこれは茶箪笥の役に立てる。電燈に使い馴れた覆いをかけると、狭い室内は他人の家の一部と思え・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・村の人は愕いて居心地わるく感じていた。然し亭主がいて、皆其一隊を養っている以上別に云う程のことはない。―― 村の在郷軍人で、消防の小頭をし、同時に青年団の役員をつとめている仙二が心を悩ましていたのは、お園のことや、近く迫っている役員改選・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 男のひとにしろ、そういう社会的な障害にぶつかった場合、やはりとかく不満や居心地わるさの対照に女をおいて、女らしさという呪文を思い浮べ、女には女らしくして欲しいような気になり、その要求で解決がつけば自分と妻とが今日の文明と称するもののう・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 馴れない者同士と云うより異った居心地わるさがあった。千代の優婉らしい挙止の裡にはさほ子が圧迫を感じる底力があった。千代の方は一向平然としている丈、さほ子は神経質になった。 千代を傍観者として後片づけをしていると、良人は、さほ子に訊・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・一太は凝っと大きい母親の眼にみられ正直に、「学校へ行きません」と云った。一太は変に悲しい気がするのが常であった。それは一太のその答えを聴くと人が皆、一種異様な表情をするからであった。一太は居心地わるく感じて、訊いた人の顔をみる。訊い・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・過去の雄々しい作曲家たちが、平民の生れで、諸公たち、諸紳士淑女たちの習俗に常に居心地わるがりながら、しかも僅に、その諸公、諸紳士淑女をもよろこばせる範囲の諧謔に止っていたのだとすれば、明日の作曲家たちの宇宙は、この方面にも勇ましくひろげられ・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
私たち婦人が「女らしい」とか「女らしくない」とかいう言葉で居心地わるい思いをしなくなるのはいつのことだろう。 日本の社会も、袂で顔をかくして笑うのを女らしさといったり、大事な返事をしなければならないときに口もきけなくて・・・ 宮本百合子 「「女らしさ」とは」
・・・ 彼はつづけて質問的に云ったが、大学生達の居心地わるそうな、尻ごみした態度が明かになるだけで、一人が、「さあ」と曖昧に薄笑いしたぎり、必要な答えは与えない。傍でそれを観ると、やや老いかけた農夫の方が、生活力の素朴な感じの点で、青・・・ 宮本百合子 「北へ行く」
・・・カジミールは、さんざん嚇かされ、すかされてマリアとの結婚を思いあきらめたが、マリアは、その事で全く居心地の悪くなったZ家からも、契約の期間が終るまでは勝手に立ち去ることができなかった。それからワルソーで暮した月日。思いもかけず、パリにいる姉・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・矢張りべとつくアンペラ草履で二階へ行くと、高等室とは反対の、畳敷の室へ入れられ、見ると、母親が窓近くの壁にもたれて居心地わるげに坐っている。オリーヴ色の雨合羽が袖だたみにして前においてある。自分を引出して来たスパイは、「……じゃあ」・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫