・・・ その癖、お徳はその男の名前も知らなければ、居所も知らない。それ所か、国籍さえわからないんだ。女房持か、独り者か――そんな事は勿論、尋くだけ、野暮さ。可笑しいだろう。いくら片恋だって、あんまり莫迦げている。僕たちが若竹へ通った時分だって・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・入口の右手に寝藁を敷いた馬の居所と、皮板を二、三枚ならべた穀物置場があった。左の方には入口の掘立柱から奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々蓆が拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 威厳犯すべからざるものある小山の姿を、しょぼけた目でじっと見ると、予言者の鼻は居所をかえて一足退った、鼻と共に進退して、その杖の引込んだことはいうまでもなかろう。 目もくれず判事は静にお米の肩に手を載せた。 軽くおさえて、しば・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 翌日取も置かず篠田を尋ねて、一部始終悉しい話を致しますると、省みて居所も知らさないでいた篠田は、蒼くなって顫え上ったと申しますよ。 これから二人連名で、小川の温泉へ手紙を出した。一週間ばかり経って、小宮山が見覚のあるかの肌に着けた・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・これかのお通の召使が、未だ何人も知り得ざる蝦蟇法師の居所を探りて、納涼台が賭物したる、若干の金子を得むと、お通の制むるをも肯かずして、そこに追及したりしなり。呼吸を殺して従い行くに、阿房はさりとも知らざる状にて、殆ど足を曳摺る如く杖に縋りて・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・「既報“人生紙芝居”の相手役秋山八郎君の居所が奇しくも本紙記事が機縁となって判明した。四年前――昭和六年八月十日の夜、中之島公園の川岸に佇んで死を決していた長藤十吉君を救って更生への道を教えたまま飄然として姿を消していた秋山八郎君は、そ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「じつはお前の居所を知りとうてな。探してたんや。新聞広告出したん見えへんかったんか」 と言い、そして家へ帰って、お君によくいいきかせ、なお監視してくれと頼む安二郎を、豹一は、ざまあ見ろと思った。けれども、そんな安二郎を見るにつけ、×・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ もともと臆病な丹造は、支店長の顔を見るなりぶるぶるふるえていたが、鼻血を見るが早いか、あっと叫んで、小柄の一徳、相手の股をくぐるようにして、跣足のまま逃げてしまい、二日居所をくらましていた……。 ここに到って「真相をあばく」も・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「もしもし、こちらは文芸春秋のSですが、武田さん……そう、武麟さんの居所知りませんか。え、なに? あなたも探しておられるんですか。困りましたなア」 終りの方は半泣きの声だった。――私は改造社へ行った。改造の編輯者は大日本印刷へ出張校・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・十一時ごろまでおもしろく話して別れましたが、私は帰路に木村の事を思い出して、なつかしくなってたまりませんでした、どうして彼はいるだろう、どうかして会ってみたいものだ、たれに聞き合わすればあの人の様子や居所がわかるだろうなどいろいろ考えながら・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫