・・・ 昼間、教室の中で居眠りすることが多かった。受持ちの訓導は庄之助を呼んで注意した。が、庄之助はその訓導と喧嘩して帰った。 彼は氏神の前に誓った通り、もう仕事にも出掛けず、弟子も取らず、一日家にいて、そして寿子が学校へ出掛けた留守中は・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・豊吉はお花が土蔵の前の石段に腰掛けて唱う唱歌をききながら茶室の窓に倚りかかって居眠り、源造に誘われて釣りに出かけて居眠りながら釣り、勇の馬になッて、のそのそと座敷をはいまわり、馬の嘶き声を所望されて、牛の鳴くまねと間違えて勇に怒られ、家じゅ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 家には待つものあり、彼は炉の前に坐りて居眠りてやおらん、乞食せし時に比べて我家のうちの楽しさ煖かさに心溶け、思うこともなく燈火うち見やりてやおらん、わが帰るを待たで夕餉おえしか、櫓こぐ術教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉す・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・二人は無言で仕事をしていたが、母の手は折り折りやんで、その度ごとにこくりこくりと居眠りをしている。娘はこのさまを見て見ないふりをしていたが、しばらくしてソッと起き上がって土間を下りた。表の戸は二寸ばかり細目に開けてあるのを、音のせぬように開・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・「おい/\、こいつ居眠りをしているよ」暫らくして後藤は西山の耳もとへきて囁いた。「…………」 見ると、スパイは、日あたりのいゝ、積重ねられた薪の南側に腰をおろしてうつら/\櫓をこいでいた。 人の邪魔をしながら、いい気になって・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・ 呉清輝は、警戒兵も居眠りを始める夜明け前の一と時を見計って郭進才と橇を引きだした。橇は、踏みつけられた雪に滑桁を軋らして、出かけて行った。 風も眠っていた。寒気はいっそうひどかった。鼻孔に吸いこまれる凍った空気は、寒いという感覚を・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・随分遠い道のりだったので、私は歩きながら、何度も何度も、こくりと居眠りしました。あわててしぶい眼を開くと蛍がすいと額を横ぎります。佐吉さんの家へ辿り着いたら、佐吉さんの家には沼津の実家のお母さんがやって来て居ました。私は御免蒙って二階へ上り・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・夜明けちかく、大尉は眼をさまし、起き上がって、なお燃えつづけている大火事をぼんやり眺め、ふと、自分の傍でこくりこくり居眠りをしているお酌の女のひとに気づき、なぜだかひどく狼狽の気味で立ち上がり、逃げるように五、六歩あるきかけて、また引返し、・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・むいて何か考えている写真、これはその頃、先輩たちに連れられて、三宅島へ遊びに行った時の写真ですが、私はたいへん淋しい気持で、こうしてひとりしゃがんでいたのですが、冷静に批判するならば、これはだらしなく居眠りをしているような姿です。少しも憂愁・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・学校の図書館で、いい加減にあれこれ本を借り出して読み散らし、やがて居眠りしたり、また作品の下書をつくったりして、夕方には図書館を出て、天沼へ帰った。Hも、またその知人も、私を少しも疑わなかった。表面は、全く無事であったが、私は、ひそかに、あ・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫