・・・「だって、おばさん――どこかの山の神様のお祭に踊る時には、まじめな道具だって、おじさんが言うんじゃないの。……御幣とおんなじ事だって。……だから私――まじめに町の中を持ったんだけれど、考えると――変だわね。」「いや、まじめだよ。この・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 薄色の桃色の、その一つの紅茸を、灯のごとく膝の前に据えながら、袖を合せて合掌して、「小松山さん、山の神さん、どうぞ茸を頂戴な。下さいな。」と、やさしく、あどけない声して言った。「小松山さん、山の神さん、 どうぞ、茸を頂戴な・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・、どうも、我折れた根気のいい事は、朝早くでも、晩方でも、日が暮れたりといえどもで、夏の末のある夜などは、ままよ宿鳥なりと、占めようと、右の猟夫が夜中真暗な森をさまよううちに、青白い光りものが、目一つの山の神のように動いて来るのに出撞した。け・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「頼むよ――こっちは名僧でも何でもないが、爺さん、爺さんを……導きの山の神と思うから。」「はて、勿体もねえ、とんだことを言うなっす。」 と両つ提の――もうこの頃では、山の爺が喫む煙草がバットで差支えないのだけれど、事実を報道する・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・――どんな拍子かで、ひょいと立ちでもした時口が血になって首が上へ出ると……野郎でこの面だから、その芸妓のような、凄く美しく、山の神の化身のようには見えまいがね。落ち残った柿だと思って、窓の外から烏が突つかないとも限らない、……ふと変な気がし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「少し違うぜ、春のが、山姫のおつかわしめだと、向うへ出たのは山の神の落子らしいよ、柄ゆきが――最も今度の方はお前には縁がある。」「大ありですね。」 と荒びた処が、すなわち、その山の神で……「第一、大すきな柿を食べています。・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・ 三人の子供らは、よく祖母や、母親から、夜ごとに天からろうそくが降ってくるとか、また下界で、この山の神さまに祈りをささげるろうそくの火が、空を泳いで山の嶺に上るとかいうような不思議な話を胸の中に思い出しました。「神さまというものはあ・・・ 小川未明 「不死の薬」
・・・長屋中でお俊はいつか噂にのぼり、またお俊の前でもお神さんはどう見ても意気だなぞと、賞めそやす山の神があるくらいですから私の目にもこれはただの女ではないくらいのことは感づいていたのでございます。 藤吉は毎晩のように来るようになりました。そ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・との山の神の挨拶。声を聞きつけてミシミシと二階を下りてきて「ヤア」と現われたのが、一別以来三年会わなんだ桂正作である。 足も立てられないような汚い畳を二三枚歩いて、狭い急な階子段を登り、通された座敷は六畳敷、煤けた天井低く頭を圧し、畳も・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ただし口をきかないのは妻君の内にいる時に限るので、山の神が外へ出た時には依然としてもとのペンである。もとのペンが無言の業をさせられた口惜しまぎれに折を見て元利共取返そうと云う勢でくるからたまらない。一週間無理に断食をした先生が八日目に御櫃を・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫