・・・ 茫となって、辻に立って、前夜の雨を怨めしく、空を仰ぐ、と皎々として澄渡って、銀河一帯、近い山の端から玉の橋を町家の屋根へ投げ懸ける。その上へ、真白な形で、瑠璃色の透くのに薄い黄金の輪郭した、さげ結びの帯の見える、うしろ向きで、雲のよう・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・濃かりし蒼空も淡くなりぬ。山の端に白き雲起りて、練衣のごとき艶かなる月の影さし初めしが、刷いたるよう広がりて、墨の色せる巓と連りたり。山はいまだ暮ならず。夕日の余波あるあたり、薄紫の雲も見ゆ。そよとばかり風立つままに、むら薄の穂打靡きて、肩・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・そのまま山の端を、高く森の梢にかくれたのであった。「あの様子では確に呑んだよ、どうも殺られたろうと思うがね。」 爺は股引の膝を居直って、自信がありそうに云った。「うんや、鳥は悧巧だで。」「悧巧な鳥でも、殺生石には斃るじゃない・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・近い山も、町の中央の城と向合った正面とは違い、場末のこの辺は、麓の迫る裾になり、遠山は波濤のごとく累っても、奥は時雨の濃い雲の、次第に霧に薄くなって、眉は迫った、すすき尾花の山の端は、巨きな猪の横に寝た態に似た、その猪の鼻と言おう、中空に抽・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ ここは弥次郎兵衛、喜多八が、とぼとぼと鳥居峠を越すと、日も西の山の端に傾きければ、両側の旅籠屋より、女ども立ち出でて、もしもしお泊まりじゃござんしないか、お風呂も湧いていずに、お泊まりなお泊まりな――喜多八が、まだ少し早いけれど……弥・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 怖さは小宮山も同じ事、お雪の背中へ額を着けて、夜の明くるのをただ、一刻千秋の思で待構えまする内に疲れたせいか、我にもあらずそろそろと睡みましたと見えて、目が覚めると、月の夜は変り、山の端に晴々しい旭、草木の露は金色を鏤めておりました。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
さまざまの草が、いろいろな運命をもってこの世に生まれてきました。それは、ちょうど人間の身の上と変わりがなかったのです。 広い野原の中に、紫色のすみれの花が咲きかけましたときは、まだ山の端に雪が白くかかっていました。春といっても、ほ・・・ 小川未明 「いろいろな花」
・・・ 高い山の端が、赤く、黄色く色づいては、いつしか沈んでしまいました。娘は悲しく、日の沈むのをながめました。もう家を出てからだいぶ遠く歩いてきました。いまごろ、弟や、お母さんは、どうしていられるだろうと思うと、さびしく、頼りなくなって涙が・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・この港の工事なかばなりしころ吾ら夫婦、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。山の端削りて道路開かれ、源叔父が家の前には今の車道でき、朝夕二度に汽船の笛鳴りつ、昔は網だに干さぬ荒磯はたちまち今の様と変わりぬ。されど源叔父が渡船の業は・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 少女は神崎の捨てた石を拾って、百日紅の樹に倚りかかって、西の山の端に沈む夕日を眺めながら小声で唱歌をうたっている。 又た少女の室では父と思しき品格よき四十二三の紳士が、この宿の若主人を相手に囲碁に夢中で、石事件の騒ぎなどは一切知ら・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
出典:青空文庫