・・・一と口にいうと、地方からポッと出の山出し書生の下宿住い同様であって、原稿紙からインキの色までを気にする文人らしい趣味や気分を少しも持たなかった。文房粧飾というようなそんな問題には極めて無頓着であって、或る時そんな咄が出た時、「百万両も儲かっ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・和漢の稗史野乗を何万巻となく読破した翁ではあるが、これほど我を忘れて夢中になった例は余り多くなかったので、さしもの翁も我を折って作者を見縊って冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡でドコの誰とも訊いて置・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・山から海岸まで出すのは、お里が軽子で背負った。山出しを頼むと一束に五銭ずつ取られるからである。 お里は常からよく働く女だった。一年あまり清吉が病んで仕事が出来なかったが、彼女は家の事から、野良仕事、山の仕事、村の人夫まで、一人でやっての・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ さらにその座談会に於て、貴族の娘が山出しの女中のような言葉を使う、とあったけれども、おまえの「うさぎ」には、「お父さまは、うさぎなどお殺せなさいますの?」とかいう言葉があった筈で、まことに奇異なる思いをしたことがある。「お殺せ」いい言・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・例えば山出しの批評も時には三越意匠部の人の参考になるかもしれず、生蕃人の東京観も取りようでは深刻な文明批評とも聞える事があるかもしれない。 この稿を起したもう一つの理由は、友人としての津田君の隠れた芸術をいくぶんでも世間に紹介したいとい・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・よくせきの場合だから細君が虚栄心を折って、田舎育ちの山出し女とまで成り下がって、何年の間か苦心の末、身に釣り合わぬ借金を奇麗に返したのは立派な心がけで立派な行動であるからして、もしモーパッサン氏に一点の道義的同情があるならば、少くともこの細・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫