・・・「私は使命を果すためには、この国の山川に潜んでいる力と、――多分は人間に見えない霊と、戦わなければなりません。あなたは昔紅海の底に、埃及の軍勢を御沈めになりました。この国の霊の力強い事は、埃及の軍勢に劣りますまい。どうか古の予言者のよう・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・もしこのまま手をつかねて倭軍の蹂躙に任せていたとすれば、美しい八道の山川も見る見る一望の焼野の原と変化するほかはなかったであろう。けれども天は幸にもまだ朝鮮を見捨てなかった。と云うのは昔青田の畔に奇蹟を現した一人の童児、――金応瑞に国を救わ・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・北京にある日本公使館内の一室では、公使館附武官の木村陸軍少佐と、折から官命で内地から視察に来た農商務省技師の山川理学士とが、一つテエブルを囲みながら、一碗の珈琲と一本の葉巻とに忙しさを忘れて、のどかな雑談に耽っていた。早春とは云いながら、大・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・英国の山川詩人が、故郷の自然を愛したのは、清純な魂によってである。スコットランドの素朴な風景や、居酒屋に集る人々等は、バーンズによって、永久に芸術に生かされている。 北方派の画家等にして、南欧の明るい風光に、一たび浴さんとしないものはな・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・彼等の関心は、東京の文化と、東京を通じて輸入される外来思想とのみに存して、自分たちの故郷の天地山川や人情風俗は、眼中にないかの如くである。で、もしこれらの文学青年がああ云う勿体ないことをする暇があったら、東京へ出て互いに似たり寄ったりの党派・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・手帳と鉛筆とを携えて散歩に出掛けたスコットをばあざけりしウォーズウォルスは、決して写実的に自然を観てその詩中に湖国の地誌と山川草木を説いたのではなく、ただ自然その物の表象変化を観てその真髄の美感を詠じたのであるから、もしこの詩人の詩文を引い・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 参考書のたぐい田中智学 大国聖日蓮聖人清水竜山 日蓮聖人の生涯山川智応 日蓮聖人伝十講有朋堂文庫 日蓮聖人文集室伏高信 立正安国論高山樗牛 日蓮とはいかなる人ぞ姉崎正治 法華経の行者日蓮・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・言にいでて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり思ふこと心やりかね出で来れば山をも川をも知らで来にけり冬ごもり春の大野を焼く人は焼きたらぬかもわが心焼くかくのみにありけるものを猪名川の奥を深めて吾が念へりける・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 山川草木うたたあ荒涼 十里血なまあぐさあし新戦場 しかも、後半は忘れたという。「さ、帰るぞ、俺は。お前のかかには逃げられたし、お前のお酌では酒がまずいし、そろそろ帰るぞ」 私は引きとめなかった。 彼は立・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・三年ぶりに見る、ふるさとの山川が、骨身に徹する思いであった。「ねえ、伯父さん、おねがい。あたしは、これからおとなしくするんだから、おとなしくしなければならないのだから、あたしをあまり叱らないでね。まちのお友達とも、誰とも、顔を合せたくな・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫