・・・唯、威儀を正しさえすれば、一頁の漫画が忽ちに、一幅の山水となるのは当然である。 近藤君の画は枯淡ではない。南画じみた山水の中にも、何処か肉の臭いのする、しつこい所が潜んでいる。其処に芸術家としての貪婪が、あらゆるものから養分を吸収しよう・・・ 芥川竜之介 「近藤浩一路氏」
・・・の言った「誰とかさんもこのごろじゃ身なりが山水だな」という言葉である。 二一 活動写真 僕がはじめて活動写真を見たのは五つか六つの時だったであろう。僕は確か父といっしょにそういう珍しいものを見物した大川端の二州楼へ行・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・が、特にこの夜だけは南画の山水か何かを描いた、薄い絹の手巾をまきつけていたことを覚えている。それからその手巾には「アヤメ香水」と云う香水の匂のしていたことも覚えている。 僕の母は二階の真下の八畳の座敷に横たわっていた。僕は四つ違いの僕の・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・……称えかたは相応わぬにもせよ、拙な山水画の裡の隠者めいた老人までが、確か自分を知っている。 心着けば、正面神棚の下には、我が姿、昨夜も扮した、劇中女主人公の王妃なる、玉の鳳凰のごときが掲げてあった。「そして、……」 声も朗かに・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 洋燈を片寄せようとして、不図床を見ると紙本半切の水墨山水、高久靄で無論真筆紛れない。夜目ながら墨色深潤大いに気に入った。此気分のよいところで早速枕に就くこととする。 強いて頭を空虚に、眼を閉じてもなかなか眠れない、地に響くような波・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ぼすの罪を正して西施を斬る 玉梓亡国の歌は残つて玉樹空し 美人の罪は麗花と同じ 紅鵑血は灑ぐ春城の雨 白蝶魂は寒し秋塚の風 死々生々業滅し難し 心々念々恨何ぞ窮まらん 憐れむべし房総佳山水 渾て魔雲障霧の中に落つ ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「この周文の山水というのは、こいつは怪しいものだ。これがまた真物だったら一本で二千円もするんだが、これは叔父さんさえそう言っていたほどだからむろんだめ。それから崋山、これもどうもだめらしいですね。じつはね、この間町の病院の医者の紹介で、・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・切詰めた予算だけしか有しておらぬことであるから、当人は人一倍困悶したが、どうも病気には勝てぬことであるから、暫く学事を抛擲して心身の保養に力めるが宜いとの勧告に従って、そこで山水清閑の地に活気の充ちた天地の気を吸うべく東京の塵埃を背後にした・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・この男が自分の倪雲林の山水一幅、すばらしい上出来なのを廷珸に託して売ってもらおうとしていた。価は百二十金で、ちょっとはないほどのものだった。で、廷珸の手へ託しては置いたが、金高ものでもあり、口が遠くて長くなる間に、どんな事が起らぬとも限らぬ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・公園のみは寒気強きところなれば樹木の勢いもよからで、山水の眺めはありながら何となく飽かぬ心地すれど、一切の便利は備わりありて商家の繁盛云うばかり無し。客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
出典:青空文庫