・・・道太は楊枝をつかいながら、山水のような味のする水で口を漱いだ。「昨夜はお客は一組か」「え、一組、四時ごろに帰ってしまいました」「それじゃ商売にならんね」「ならんわに」お絹はそう言いながら、かんかん炭をたいて飯をたいていた。幅・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・近歳官此ノ山水ノ一区ヲ修メ以テ公園トナス。囿方数里。車馬ノ者モ往キ、杖履ノ者モ往ク。民偕ニ之ヲ楽ンデ其大ナルヲ知ラズ。京中都人士ガ行楽ノ地、実ニ此ヲ以テ最第一トナス。」 上野の桜は都下の桜花の中最早く花をつけるものだと言われている。飛鳥・・・ 永井荷風 「上野」
・・・如亭も江戸の人で生涯家なく山水の間に放吟し、文政の初に平安の客寓に死したのである。 遠山雲如の『墨水四時雑詠』には風俗史の資料となるべきものがある。島田筑波さんは既に何かの考証に関してこの詩集中の一律詩を引用しておられたのを、わたくしは・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・西洋人の唱かようにして美的理想を自然物の関係で実現しようとするものは山水専門の画家になったり、天地の景物を咏ずる事を好む支那詩人もしくは日本の俳句家のようなものになります。それからまた、この美的理想を人物の関係において実現しようとすると、美・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・一、二の例をいうて見ると、山水の景勝を書くのを目的としたものや、地理地形を書くことを目的としたものや、風俗習慣を書くことを目的としたものや、あるいはその地の政治経済教育の有様より物産に至るまで細かに記する事を目的としたもの、あるいは個人的に・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・曰く其角を尋ね嵐雪を訪い素堂を倡い鬼貫に伴う、日々この四老に会してわずかに市城名利の域を離れ林園に遊び山水にうたげし酒を酌みて談笑し句を得ることはもっぱら不用意を貴ぶ、かくのごとくすること日々ある日また四老に会す、幽賞雅懐はじめのご・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 小道具でも、何んでもが、小綺麗になって、置床には、縁日の露店でならべて居る様な土焼の布袋と、つく薯みたいな山水がかかって居た。 お金は、すっかり片づけて来て、兄の前にぴったりと平ったく座ると、急にあらたまった口調で、無沙汰の詫やら・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・赤い皮の水瓜などない筈だが、この頃どの店先でも沢山水瓜を見、自分達で食べもするので夏らしい錯誤を起した。笑って歩いていると、Y、一人ずんずん駒形通りへ曲りそうに歩いて行く。私までおやと思った。「あすこから乗るんじゃあなかったんですか」・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 書院の袋戸棚 四枚の芭蕉布にぼんやり雪舟まがいの山水を書いたもの、ふたところ三ところ小菊模様の更紗でついであって、いずれも三水がくすぶっている。その上に 山静水音高 と書いた横ものがかかげられている。○馬が三頭いた。二頭に・・・ 宮本百合子 「Sketches for details Shima」
・・・別に、鴨居から一幅、南画の山水のちゃんと表装したのがかかっていた。瀧田氏は、ぐるぐる兵児帯を巻きつけた風で、その前に立ち、「どうです、これはいいでしょう」と云った。筆の細かい、気品のある、穏雅な画面であった。「誰のです」「そ・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
出典:青空文庫