・・・大正池からそこまで二里に近い道程を山腹に沿うて地中の闇に隧道を掘り、その中を導いて緩かに流して来た水を急転直下させてタービンを動かすのである。この工事を県当局で認可する交換条件として上高地までの自動車道路の完成を会社に課したという噂話を同乗・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ ゴルフ場からニューグランドへの、清流に沿うてゆるやかにうねり行く山腹の道路は、どこか日本ばなれのした景色である。樺や栃や厚朴や板谷などの健やかな大木のこんもり茂った下道を、歩いている人影も自動車の往来もまれである。自転車に乗った御用聞・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ この鳴き声の意味をいろいろ考えていたときにふと思い浮かんだ一つの可能性は、この鳥がこの特異な啼音を立てて、そうしてその音波が地面や山腹から反射して来る反響を利用して、いわゆる「反響測深法」を行なっているのではないかということである。・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・は、少なくもこの地では、丘の上や山腹に多いように見える。 植物の果実のことだけを詳しく取り扱ったいわゆるカルポロジーの本を読んだときに、乾燥すると子房がはじけて種子をはじき飛ばすものの特例の一つとして Impatiens noli-ta・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 海から近づいて行く函館の山腹の街の灯は、神戸よりもむしろ香港の夜を想わせる。それがそぼふる秋雨ににじんで、更にしっとりとした情趣を帯びていた。 翌朝港内をこめていた霧が上がると秋晴れの日がじりじりと照りつけた。電車で街を縦走して、・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・例えば土地山川の高低図を作る際に、道路の小凹凸、山腹の小さき崖崩れを省略するに同じ。これを省くとも鉄道運河の大体の設計にはなんらの支障を生ずる事なかるべし。これに反して荷車を挽く労働者には道路の小凹凸は無意味にあらず。墓地の選定をなさんとす・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・遺骸を郊外山腹にある先祖代々の墓地に葬った後、なまなましい土饅頭の前に仮の祭壇をしつらえ神官が簡単なのりとをあげた。自分は二歳になる遺児をひざにのせたまま腰をかけてそののりとを聞いていたときに、今まで吹き荒れていた風が突然ないだかのように世・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 八十神が大穴牟遅の神を欺いて、赤猪だと言ってまっかに焼けた大石を山腹に転落させる話も、やはり火山から噴出された灼熱した大石塊が急斜面を転落する光景を連想させる。 大国主神が海岸に立って憂慮しておられたときに「海を光して依り来る神あ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・至るところの山腹にはオリーブの実が熟して、その下には羊の群れが遊んでいます。山路で、大原女のように頭の上へ枯れ枝と蝙蝠傘を一度に束ねたのを載っけて、靴下をあみながら歩いて来る女に会いました。角の長い牛に材木車を引かせて来るのもあれば、驢馬に・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・山の新緑が美しい。山腹には不規則にいろいろな建物が重なり合って立っている。みんな妙によごれくすんでいるが、それがまたなんとも言われないように美しい絵になっている。それは絵はがきや錦絵の美しさではなくて、どうしても油絵の美しさである。……・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫