・・・が、世間の思っているように岩山ばかりだった訣ではない。実は椰子の聳えたり、極楽鳥の囀ったりする、美しい天然の楽土だった。こういう楽土に生を享けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽的に出来上った種族らしい。瘤・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・山口の村に近き二ツ石山は岩山なり、ある雨の日、小学校より帰る子どもこの山を見るに、処々の岩の上にお犬うずくまりてあり。やがて首を下より押上ぐるようにしてかわるがわる吠えたり。正面より見れば生れ立ての馬の子ほどに見ゆ、後から見れば存外小さしと・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 私は岩山の岸に沿うてよろよろと歩いた。あやしい呼び声がときどき聞える。さほど遠くからでもない。狼であろうか。熊であろうか。しかし、ながい旅路の疲れから、私はかえって大胆になっていた。私はこういう咆哮をさえ気にかけず島をめぐり歩いたので・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・シー・ピー・スクラインがパミールの岩山の奥に「幸福の谷」を発見した記事を読んだときにいわゆる武陵桃源の昔話も全くの空想ではないと思ったことであったが、その武陵桃源の手近な一つの標本を自分は今度雨の上高地に見出したようである。・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ただ一塊りの大きな岩山を切り刻んで出来たものである。何となしに鬼ヶ島を思わせた。囚虜を幽閉したという深い井戸のような穴があった。夜にでもなったら古い昔のドイツ戦士の幻影がこの穴から出て来て、風雨に曝された廃墟の上を駆け廻りそうな気がした。城・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・これがある時は石畳みの街路の上に、ある時は岩山の険路の上にまたある時は砂漠の熱砂の上に、それぞれに異なる音色をもって響くのである。 これらの音につれてスクリーンに現われる映像は、ただの殺風景な兵隊の行列である。これがその場面場面でいろい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・下へ逃げそこなったら頂上の岩山の燃え草のない所へ行けば安全である。白木屋の火事の時に、屋上が焼け落ちるかもしれないと言っておどかす途方もない与太郎があったそうであるが、鉄筋コンクリートの岩山は火には決して焼けくずれない。しかも熱伝導がきわめ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・すなわちダイナマイトで岩山を破砕する音がそれである。「ドカーン」というかな文字で現わされるような爆音の中に、もっと鋭い、どぎつい、「ガー」とか「ギャー」とかいったような、たとえばシャヴェルで敷居の面を引っかくようなそういう感じの音がまじって・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・いかめしくとがった岩山が見える。ホンコンと九竜の間の海峡へはいるのだという。山の新緑が美しい。山腹には不規則にいろいろな建物が重なり合って立っている。みんな妙によごれくすんでいるが、それがまたなんとも言われないように美しい絵になっている。そ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 人類がまだ草昧の時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし、これらの天変によって破壊さるべきなんらの造営物をも持ち合わせなかったのである。もう少し文化が進んで小・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
出典:青空文庫