・・・これが島田に結っていたとか、赤熊に結っていたとか云うんなら、こうも違っちゃ見えまいがね、何しろ以前が以前だから、――」「おい、おい、ここの婆さんは眼は少し悪いようだが、耳は遠くもないんだからね。」 牧野はそう注意はしても、嬉しそうに・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・巣立の鶴の翼を傷めて、雲井の空から落ちざまに、さながら、昼顔の花に縋ったようなのは、――島田髭に結って、二つばかり年は長けたが、それだけになお女らしい影を籠め、色香を湛え、情を含んだ、……浴衣は、しかし帯さえその時のをそのままで、見紛う方な・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・それが高島田だったというからなお稀有である。地獄も見て来たよ――極楽は、お手のものだ、とト筮ごときは掌である。且つ寺子屋仕込みで、本が読める。五経、文選すらすらで、書がまた好い。一度冥途をってからは、仏教に親んで参禅もしたと聞く。――小母さ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ この一軒屋は、その江見の浜の波打際に、城の壁とも、石垣とも、岸を頼んだ若木の家造り、近ごろ別家をしたばかりで、葺いた茅さえ浅みどり、新藁かけた島田が似合おう、女房は子持ちながら、年紀はまだ二十二三。 去年ちょうど今時分、秋のはじめ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・猿臂を伸し、親仁は仰向いて鼻筋に皺を寄せつつ、首尾よく肩のあたりへ押廻して、手を潜らし、掻い込んで、ずぶずぶと流を切って引上げると、びっしょり舷へ胸をのせて、俯向けになったのは、形も崩れぬ美しい結綿の島田髷。身を投げて程も無いか、花がけにし・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・水の垂りそうな、しかしその貞淑を思わせる初々しい、高等な高島田に、鼈甲を端正と堅く挿した風采は、桃の小道を駕籠で遣りたい。嫁に行こうとする女であった。…… 指の細く白いのに、紅いと、緑なのと、指環二つ嵌めた手を下に、三指ついた状に、裾模・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
一 島田沼南は大政治家として葬られた。清廉潔白百年稀に見る君子人として世を挙げて哀悼された。棺を蓋うて定まる批評は燦爛たる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。 沼南には最近十四、五年間会っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 二十五年前には日本の島田や丸髷の目方が何十匁とか何百匁とかあって衛生上害があるという理由で束髪が行われ初め、前髪も鬢も髦も最後までが二十七年、頼政の旗上げから数えるとたった六七年である。南朝五十七年も其前後の準備や終結を除いた正味は二・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・「そうですね、もう四五年前のことでしょう、お上さんがまだ島田なんぞ結ってなすったころで」「へえい、じゃ私のこともそのころ知ってて?」「ええ、お上さんのことはそんなによく知りませんが、でも寄席へなぞ金さんと一緒に来てなすって、あれ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・彼女たち――すなわち、此の界隈で働く女たち、丸髷の仲居、パアマネント・ウエーヴをした職業婦人、もっさりした洋髪の娼妓、こっぽりをはいた半玉、そして銀杏返しや島田の芸者たち……高下駄をはいてコートを着て、何ごとかぶつぶつ願を掛けている――雨の・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫