・・・女たちは塗りの台に花模様の向革をつけた高下駄をはいて、島田の髪が凍てそうに見えた。蛇の目の傘が膝の横に立っていた。 二時間経って、客とその傘で出て来た。同勢五人、うち四人は女だが、一人は裾が短く、たぶん大阪からの遠出で、客が連れて来たの・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・田中という村にて日暮れたれば、ここにただ一軒の旅舎島田屋というに宿る。間の宿とまでもいい難きところなれど、幸にして高からねど楼あり涼風を領すべく、美からねど酒あり微酔を買うべきに、まして膳の上には荒川の鮎を得たれば、小酌に疲れを休めて快く眠・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・を御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の男はもどかしがりさてこの土地の奇麗のと言えば、あるある島田には間があれど小春は尤物介添えは大吉・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・その他 栄一 島田哲郎 いずれも登場せず。 所。津軽地方の或る部落。 時。昭和二十一年一月末頃より二月にかけて。 第一幕舞台は、伝兵衛・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・掛川と云えば佐夜の中山はと見廻せど僅かに九歳の冬此処を過ぎしなればあたりの景色さらに見覚えなく、島田藤枝など云う名のみ耳に残れるくらいなれば覚束なし。金谷の隧道長くて灯を点したる、これは昔蛇の住みし穴かと云いししれ者の事など思い出す。静岡に・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・そこへ外から此処の娘が珍しく髪を島田に上げて薄化粧をして車で帰って来た。見かえるように美しい。いつになく少しはにかんだような笑顔を見せて軽く会釈しながらいそいそ奥へはいった。竹村君は外套の襟の中で首をすくめて、手持無沙汰な顔をして娘の脱ぎ捨・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・唖々子は高等学校に入ってから夙くも強酒を誇っていたが、しかしわたしともう一人島田という旧友との勧める悪事にはなかなか加担しなかった。然るにその夜突然この快挙に出でたのを見て、わたしは覚えず称揚の声を禁じ得なかったのだ。「何の本だ。」とき・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・ 女の風俗はカフェーの女給に似た和装と、酒場で見るような洋装とが多く、中には山の手の芸者そっくりの島田も交っている。服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・冬木町の名も一時廃せられようとしたが、居住者のこれを惜しんだ事と、考証家島田筑波氏が旧記を調査した小冊子を公刊した事とによって、纔に改称の禍 冬木弁天の前を通り過ぎて、広漠たる福砂通を歩いて行くと、やがて真直に仙台堀に沿うて、大横川の岸・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・ 遠山雲如の『墨水四時雑詠』には風俗史の資料となるべきものがある。島田筑波さんは既に何かの考証に関してこの詩集中の一律詩を引用しておられたのを、わたくしは記憶している。それは年年秋月与二春花一 〔年年 秋の月と春の花と行楽何・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫