・・・「医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中一重物で通した男で、――一言にいえば豪傑だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋の小えんという、――」「君はこの頃河岸を・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・輸入者たちに黄老爺と呼ばれていた話、又湘譚の或商人から三千元を強奪した話、又腿に弾丸を受けた樊阿七と言う副頭目を肩に蘆林譚を泳ぎ越した話、又岳州の或山道に十二人の歩兵を射倒した話、――譚は殆ど黄六一を崇拝しているのかと思う位、熱心にそんなこ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・僕たちは一人残らずおまえを崇拝しているんだ。おまえが帰ると、この画室の中は荒野同様だ。僕たちは寄ってたかっておまえを讃美して夜を更かすんだよ。もっともこのごろは、あまり夜更かしをすると、なおのこと腹がすくんで、少し控え気味にはしているがね。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・詩を尊貴なものとするのは一種の偶像崇拝である。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ 詩はいわゆる詩であってはいけない。人間の感情生活の変化の厳密なる報告、正直なる日記でなければならぬ。したがって断片的でなければならぬ。――まと・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・おはまはおとよさんを一も二もなく崇拝して、何から何までおとよさんをまねる。おはまはおとよさんの来たのを見るや、庭まで出ておとよさんを迎え、おとよさんの風の上から下まで見つめて、やがておとよさんの物をこれは何これはどうしてと、一々聞いて見る。・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 井侯以後、羹に懲りて膾を吹く国粋主義は代る代るに武士道や報徳講や祖先崇拝や神社崇敬を復興鼓吹した。が、半分化石し掛った思想は耆婆扁鵲が如何に蘇生らせようと骨を折っても再び息を吹き返すはずがない。結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ところが自分は志村を崇拝しない、今に見ろという意気込で頻りと励げんでいた。 元来志村は自分よりか歳も兄、級も一年上であったが、自分は学力優等というので自分のいる級と志村のいる級とを同時にやるべく校長から特別の処置をせられるので自然志村は・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 同じ自然の崇拝者である、彼は画によって、自分は詩に導かれて。自分の語るところは彼によくわかる。彼の問うところは自分の言わんと欲するところ。『まずそんなあんばいでただもう夢中であった。しかし君と異うのは、君は観るとすぐ画きたくなる僕・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・相手をよく評価せずに偶像崇拝に陥る。相手の分不相応な大きな注文を盛りあげて、自分でひとり幻滅する。相手の異性をよく見わけることは何より肝要なことだ。恋してからは目が狂いがちだから、恋するまでに自分の発情を慎しんで知性を働らかせなければならぬ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・蘆花自身人道主義者で、クリスチャンだったが、東郷大将や乃木大将を崇拝していた。「不如帰」には、日清戦争が背景となっている。そして、多くの上級の軍人が描かれている。黄海の海戦の描写もある。しかし、出てくる軍人も戦争の状景も、通俗小説のそれ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
出典:青空文庫