・・・右手の方の空間で何かキラキラ光るものがあると思ってよく見ると、日本橋の南東側の河岸に聳え立つあるビルディングの壁面を方一尺くらいの光の板があちらこちらと這い廻っている。それが一階の右の方の窓を照らすかと思っていると急に七階の左の方へ飛んで行・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ 京橋区内では○木挽町一、二丁目辺の浅利河岸○新富町旧新富座裏を流れて築地川に入る溝渠○明石町旧居留地の中央を流れた溝渠。むかし見当橋のかかっていた川○八丁堀地蔵橋かかりし川、その他。 日本橋区内では○本柳橋かかりし薬研堀の溝渠・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ チェイン・ローは河岸端の往来を南に折れる小路でカーライルの家はその右側の中頃に在る。番地は二十四番地だ。 毎日のように川を隔てて霧の中にチェルシーを眺めた余はある朝ついに橋を渡ってその有名なる庵りを叩いた。 庵りというと物寂び・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 必要な掘鑿は、長四方形に川岸に沿うて、水面下六十尺の深さに穴を明ける仕事であった。 だから、捲上の線は余分な土や岩石を掘り取らないように、四十五度以上にも峻嶮に、川上と川下とから穴の中に辷り込んでいた。そして、それはトロッコの線路・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・それからだんだん土性を調べながら小船渡の北上の岸へ行った。河へ出ている広い泥岩の露出で奇体なギザギザのあるくるみの化石だの赤い高師小僧だのたくさん拾った。それから川岸を下って朝日橋を渡って砂利になった広い河原へ出てみんなで鉄鎚でいろいろな岩・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 川岸を埋めた雪に、兎か何か獣の小さい足跡がズーとついている。川水は凍りかけである。 風景は、モスクワを出た当座の豊饒な黒土地方、中部シベリアの密林でおおわれた壮厳な森林帯の景色とまるで違い、寂しい極東の辺土の美しさだ。うちつづく山・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・本町を横切って、石町河岸から龍閑橋、鎌倉河岸に掛る。次第に人通が薄らぐので、九郎右衛門は手拭を出して頬被をして、わざとよろめきながら歩く。文吉はそれを扶ける振をして附いて行く。 神田橋外元護寺院二番原に来た時は丁度子の刻頃であった。往来・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦や太鼓に急き立てられて修羅の街へ出かければ、山奥の青苔が褥となッたり、河岸の小砂利が襖となッたり、その内に……敵が……そら、太鼓が……右左に大将の下知が……そこで命がなくなッて、跡は野原でこのありさまだ。死・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ ナポレオンは河岸の丘の上からそれらの軍兵を眺めていた。騎兵と歩兵と砲兵と、服色燦爛たる数十万の狂人の大軍が林の中から、三色の雲となって層々と進軍した。砲車の轍の連続は響を立てた河原のようであった。朝日に輝いた剣銃の波頭は空中に虹を撒い・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・たとえば、蓮華草この辺にもとさがし来て犀川岸の下田に降りつげんげん田もとめて行けば幾筋も引く水ありて流に映るおほどかに日のてりかげるげんげん田花をつむにもあらず女児らさきだつは姉か蓮華の田に降りてか行きかく行く十歳下三人・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫