・・・ 二二 川開き やはりこの二州楼の桟敷に川開きを見ていた時である。大川はもちろん鬼灯提灯を吊った無数の船に埋まっていた。するとその大川の上にどっと何かの雪崩れる音がした。僕のまわりにいた客の中には亀清の桟敷が落ちたと・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・』『このからすはもうじき、川開きがくる、そのとき上げる花火の中にいれるのだ。』 おじいさんが仕事をしながらおもしろい話をしてくれるのを少女は、そばでおとなしくしてきいていました。 そのうちに、遠くで、雷の音がゴロゴロとしました。・・・ 小川未明 「黒いちょうとお母さん」
・・・かれは、川開きの花火の夜、そこへ遊びに行き、その五歳の娘に絵をかいてやるのだ。まんまるいまるをかいて、それを真黄いろのクレオンでもって、ていねいに塗りつぶし、満月だよ、と教えてやる。女は、幽かな水色の、タオルの寝巻を着て、藤の花模様の伊達巻・・・ 太宰治 「雌に就いて」
何か事情があって、川開きが暑中を過ぎた後に延びた年の当日であったかと思う。余程年も立っているので、記憶が稍おぼろげになってはいるが又却てそれが為めに、或る廉々がアクサンチュエエせられて、翳んだ、濁った、しかも強い色に彩られ・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫