・・・あの男はとにかく巧言は云わぬ、頼もしいやつだと思っている。 こう云う治修は今度のことも、自身こう云う三右衛門に仔細を尋ねて見るよりほかに近途はないと信じていた。 仰せを蒙った三右衛門は恐る恐る御前へ伺候した。しかし悪びれた気色などは・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・「お巧言ばっかり。」 と、少し身を寄せたが、さしうつむく。「串戯じゃありません。……の時のごときは、頭から霜を浴びて潟の底へ引込まれるかと思ったのさ。」 大袈裟に聞えたが。……「何とも申訳がありません。――時ならない時分・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・しかし、若し、世界が現状のまゝの行程を辿るかぎり、いかに巧言令辞の軍縮会議が幾たび催されたればとて、急転直下の運命から免れべくもない。こう思って、何も知らずに、無心に遊びつゝある子供等の顔を見る時、覚えず慄然たらざるを得ないのであります。・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・春田が、どのような巧言を並べたてたかは、存じませぬけれど、何も、あんなにセンチメンタルな手紙を春田へ与える必要ございません。醜態です。猛省ねがいます。私、ちゃんとあなたのための八十円用意していたのに、春田などにたのんでは十円も危い。作家を困・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・美しさ、などという無責任なお座なりめいた巧言は、あまり使いたくないのだが、でも、それは実際、美しいのだから仕様がない。三井君は寝ながら、枕頭のお針仕事をしていらっしゃる御母堂を相手に、しずかに世間話をしていた。ふと口を噤んだ。それきりだった・・・ 太宰治 「散華」
出典:青空文庫