・・・これは自分でそう感じるだけでなく、人が見てもそう見えるそうであるから実際客観的生理的に若干の差違があることには間違いないと思われる。 しかし、自分の場合にそうであるとしても、すべての老人にそうであるかどうかそれはもちろんわからない。それ・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・そうして、いつのまにか映画と実際との二つの世界の間を遠く隔てる本質的な差違を忘れてしまっているのである。あらゆる映画の驚異はここに根ざしこの虚につけ込むものである。従って未来の映画のあらゆる可能性もまたこの根本的な差違の分析によって検討され・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・しかしそういう装置を使っているだけに、摂氏一度だけの高低が人間の感覚にいかなる程度の差違となって表われるかということが、かなり明瞭に意識されているようであった。 今から数年前三越かどこかで、風呂の湯の温度を見るための寒暖計を見付けて買っ・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・もし陛下の御身近く忠義こうこつの臣があって、陛下の赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する者があったならば、陛下も御頷きになって、我らは十二名の革・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・唯仔細に研究し来って今と昔との間にやや差異のあるが如く思われるのは、仮借の方法と模倣の精神とに関して、一はあくまで真率であり、一は甚しく軽浮である。一は能く他国の文化を咀嚼玩味して自己薬籠中の物となしたるに反して、一は徒に新奇を迎うるにのみ・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・今日チェルシーに来て倫敦の方を見るのは家の中に坐って家の方を見ると同じ理窟で、自分の眼で自分の見当を眺めると云うのと大した差違はない。しかしカーライルは自ら倫敦に住んでいるとは思わなかったのである。彼は田舎に閑居して都の中央にある大伽藍を遥・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・写生文と普通の文章の差違は認められているにもかかわらず明かに道破されておらんのもこの理である。かの写生文を標榜する人々といえども単にわが特色を冥々裡に識別すると云うまでで、明かに指摘したものは今日に至るまで見当らぬようである。虚子、四方太の・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・無論前者は韻語の一行で、後者は長い散文小説中の一句であるから、前後に関係して云うと、種々な議論もできますが、この二句だけを独立させて評して見ると、その技巧の点において大変な差違があります。それはあとから説明するとして、二句の内容は、二句共に・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・もっともこれは能とさほど性質において差違はないが、正面の舞台で女の生首を抱いたり箱へ入れたりしているのにその所作には一向同情がない。万事余計な事をしているように思われる。まるで西洋人が始めて日本の芝居を見たら、こうだろうと想像されるくらい妙・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・後を顧みてかの薄紫の貴女及びその妹の事とその門構付の家を想像し、前を見てこの貧困なるしかし正直なる二人の姉妹とその未来の楽園と予期しつつある格子戸作りを想像して、両者の差違を趣味あるようにも感ずる。また貧富の懸隔はかように色気なき物かとも感・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫